館長室

海洋堂シマントミュージアムビレッジ

全国一周キャラバン報告記

 


 

 

日本一周キャラバンを終えて

自分に向く仕事をしている人は、自分のたのしみを仕事のなかに見出す。実をつける花の色のゆたかな花びらのように。

ジョン・ラスキン

 

昨年五月ケベック号と名付けたハイエースに乗った私は、ドン・キ・ホーテよろしく、栄太郎という従者を伴って日本一周のキャラバンへ旅立ちました。

全国各地のご同業からは大そうなおもてなしや、ご配慮や、ご指導を賜りありがとうございました。六ヶ月を費やしましたけれど、まがりなりにも全国キャラバンを果しましたいま、心よりお礼い申し上げます。

如何に商いとは申しましても、三月に自動車免許を頂いたばかりの初心者が全国を巡るなどは全く無謀なおはなしで、知人友人からは信用されないばかりか、私自信でさえ完走できるなど考えてもみませんでした。

冒頭にあげましたジョン・ラスキンの言葉ではありませんが、ホビーほど素晴しい商いはない、自分に向いた仕事なのだと、この度のキャラバンで再認識させて頂きました。

「全国一周キャラバンを展開するぞ。」と空高くアドバルーンを揚げましたものの、全国のご同業のほとんどの方はまだお会いしたこともない未知な人ばかりです。それだけに初対面の方にお逢いするという怖れや、ためらいや、ご同業であるという羞恥心や、その他もろもろの感情が交錯して第一歩を踏出せませんでした。

「おなじ商い人をおたずねするのではないか。おなじ仕事をしておられるご同業であれば、お会いさえすればなんとかなるだろう。たとえ初対面であろうとも、同じ商い感覚なり、商い体験をおもちであろうから、ふところへ飛込みさえすれば共通点なり、話題を見出せるに違いない。」と手前勝手な理屈をならべたてた私は、なによりもご同業の大きな抱擁力に頼りながらへっぴり腰でキャラバンへと第一歩を踏み出したのです。

全国各地で愉快なおはなしを沢山頂きました。

地方色豊かな体験談をいろいろ伺いました。

それぞれが独自なアイデアを惜し気もなく提供して下さいました。

出発にあたりましてともすれば畏縮しがちな私の心を奮いたたせて下さったものに、「拾一年間の歩み」という私のお粗末なガリ刷りの小冊子に対する全国から寄せられたお葉書でした。ご同業の励しのお便りは、全国キャラバンを展開する起爆剤となりました。心よりお礼いと感謝を申し上げます。

当りまえのことながら北海道から九州まで、全国各地のホビー店がありました。そして立派な商いを営んでおられました。全国のご同業が、おなじホビーの仕事に取組んでおられる姿に接した私は、今更のように驚きました。当りまえのことがまことに奇異に映ったほどでした。ホビーは自分に向いている仕事なのだ。という信念をお持ちのご同業も沢山おられました。

 

 「人は誰でも、自分の視野の限界を世界の限界と取り違えている。」

ショペン・ハウエル

ホビーの商いを可成り広い視野で眺めていたと自認していた私も、全国を巡るにしたがい視野の狭さと、不勉強を痛感いたしました。

日本一周キャラバンをつつがなく終えた私は、ホビーの商いはいま始まったばかりだという認識をもつにいたりました。これからも全国のご同業と膝を交え、対話をつづけることでより目覚めたいと思います。半年の全国キャラバンで私は、初老のおとこなどとぼやく暇があれば、ホビーの商いを創造するのだという気概なり、意欲なりをもちたいと考えるようになりました。

日本各地で私は、珍しい事物を見聞させて頂いたり、多くの経験をさせて頂いたり、脳味噌に入りきれないほどの商いを学びました。ありがとうございました。心よりお礼い申し上げます。

1976年1月10日

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ホビー業界とび歩き

「人間は、自分にあれができない、これができないと言っている間は、それをしないことを決心しているのである。したがってその間は、それをしなければならないということが、彼にとって不可能なのである。」

ベネディクト・スピノーザ

 

全国のお店を巡りますと、おのずから業界全体を眺望したことにもなります。大阪なり東京なりを少しぐらい知っていると偉張ってみても、それは業界のごく一部分に過ぎないようです。

業界をピラミットにたとえますと、さしづめ全国のホビー店は、底辺を形成している基礎的存在といえましょう。それらのお店を辿って参りますと、必然的にピラミットの頂をも眺められるのです。

これまで独自なアイデアなり、個性なりを売りものにして参った筈のホビー店のほとんどは、ピラミットの頂きからすべり落ちてくる商品を売る、または新製品などという配給品でも売り捌くような平均的お店が沢山に見受けられました。そのようなお店には、個性なり、独自性のカケラも窺えませんでした。

また大きなお店も、小さなお店にも共通したところがありました。それはどちらもおなじように狭くしか使っていないということです。つまりホビー店というところは、ところ狭しと商品を積み上げたり、並べたてるところといわんばかりなのです。まるでそのような既成観念にでも支配されているかのように思われました。

ホビーの商いがあそびを売ったり、アイデアを売ったり、技術を加味して売るのだという基本理念はどこ吹く風といわんばかりの商品の山で、展示スペースなり、接客スペースは余りにも少ないようでした。

ホビーの商いこそは顧客を創造するものだ。という最も大切な原初的な考え方は影をひそめ、お店にはやたらと売れる商品を並べたてればよい。という可笑しな考え方に支配されているのではないかと錯覚するほどでした。

それでよいのでしょうか。店舗の狭隘さはホビー店共通の悩みではありますが、そのような状況に馴れてしまいますと、それをよいことにして狭さからの脱皮はおぼつかなくなるように思われます。かりに今二倍の広さの店舗をもつ条件が与えられても、狭さの間隔に馴れていますので、あれもこれもと以前の二倍以上の商品を並べて狭くしてしまうのがオチではないでしょうか。

よくホビー業界の体質が云々されますが、全国をキャラバンして巡りましたかぎりでは、ここ当分体質を変えるだけの条件は見当らないように思われます。なぜならほとんどのご同業が現情のなかであぐらをかいているからです。

今月はどのような新製品が出るのだろうか。と少しばかりメーカーの企画などに関心を寄せられる店主は、すでに熱心な商い人の部類に属しているといってよいでしょう。問屋などから新製品が送り込まれても、箱の蓋を開けようとしないばかりか、感動すらもたなくなっているのです。

ホビー店主でありながらキットに対して感動をもたなくなったとすれば、それは墜落などという生易しいものではなく、ホビーの商いに対する冒瀆のように思われます。毎朝仕入れに走る八百屋さんでも、大根のなかにスは入っていないか、産地は何処かなどをおし測って求めるぐらいな努力はしています。

ホビーの商いがメーカーまかせ、問屋まかせ、そして顧客まかせというブローカー的商いに堕してしまってよいのでしょうか。創造性を商いの基調とするかぎり、せめて新製品の蓋を開いて、キットの良し悪しを見るぐらいな努力は果したいものです。

並べてさえすれば売れるという習慣的な流れに委ねた商いはまことに気楽であるばかりか、それでオマンマにありつけるならば呑気な商売やめられん。ということになります。しかしそれではおじいちゃん、おばあちゃんの店番する駄菓子屋となんら異るところはないでしょう。

惰性に押し流され、毎日の習慣に馴れてしまったのはご同業だけではありません。問屋も、メーカーも商品さえ送り込めば売れるのだ。という安易さにとり憑かれ、新しい試みに挑戦するという、ホビー本来の創造への意欲を失ってしまっているように思われます。

すでにホビー業界といわれる大きなピラミットは、全体的に風化現象が始っているのではなかろうか。というのは、私が全国キャラバンで肌に感じた不安というよりは怖れにちかいものです。

何処かで、つまり他の業界と考えられても結構ですが、そこでより充実した巨大なホビーのピラミット造りが進行していると想定いたしますと、風化現象を起しているピラミットは、忽ちのうちに崩かいするでしょう。

昨日より今日と、より優れた創造力と、技術と、行動力を必要とするホビーの商いが、駄菓子屋的慣習のまま漂っていてよいのでしょうか。十年まえと現在と、どれほど商いが進歩したといえるでしょうか。進歩せずに老化現象をみるなど可笑しいはなしです。たしかに数えきれないほどの商品が溢れて値段すら覚えきれません。が果して誇りをもって顧客におすすめできる自ら納得し、自ら感動された商品はどれほどあるのでしょう。

私共はまだ草創期に入ったばかりなのです。老けるには余りにもはやすぎます。ここらでじっくり商いについて考える。つまり最初の反省期に入ったと考えれば如何でしょうか。

キャラバンでは多種多称なお店を拝見するチャンスに恵まれました。が他業種に比較致しますと、平均的には可成りみすぼらしく映りました。たとえ立派な店構えでなくても、ホビー店らしい風格と機能を備えたお店の少ないのも、私にとりましては気がかりなことでした。

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人との出会い

「旅行の効用は、想像力を現実で規定することであり、ものごとがどうあるかを考える代りに、ありのままを見ることである。」

サミュエル・ジョンソン

 

全国をキャラバンして、最大の収穫はなにか。と問われますと私は、一人一人異ったご同業にお会いできたことです。と卆直にお応えするでしょう。

キャラバンするまえの私は、ホビー店主という人種はみな変りばえがしないのではなかろうか。と観念的というよりは大雑把な捉え方をしていたようです。そこで各地を巡り、ご同業と膝つき合わせてお話を交えますと、認識の甘さに気付いて慌てました。なぜならそれぞれのご同業は純粋で、感動性に溢れ、そのうえ頑固と思えるほど個性的な方ばかりでした。

ホビー歴三年ぐらいの経験の浅い商い人や、二十数年の経歴をほこる大先輩にいたるまで、数多くのご同業にお会いしました。不思議に思えましたのは、どなたもそれぞれに個性的(これはガンコ者とか、カワリ者とかの意も含まれています)で、他業種にはみられない興味深い性格をおもちのようにお見受けいたしました。

夢や理想に溢れ、なにかをやるんだ。という気概を内容しながらも、商いのなかに何重にも包み込んでしまっているご同業の多いのも新しい発見でした。

お訪したときは、けったいな大阪ヤ郎がきた。とばかりかたくなな表情の方でも、時間の経過のなかでおなじ商い人同志だという雰囲気がかもし出されますと、ホビーの商いに対する夢とか、理想とかをぶちはじめるのです。これはホビー店主の共通した特長のように思え、万更捨てたものではないと私自身嬉しくなりました。

人との出会いは、なによりも豊かな心をはぐくんでくれる。という先人の教えほどたしかなものはありません。そのような教訓を実感いたしましたのは、とくに北海道キャラバンのときでした。

これまでも私は、少しでも多くの人々とお会いしたり、交ることを目標に生きて参ったと自負しています。ホビーの商いを通じましても、沢山な方と接触いたしました。ささやかながら数多くの小冊子を編んで、機会あるごとにお配りいたしましたのも、人恋しい故であるのかもしれません。が、今度のように短い期間に、何百人という人々と交ったのは始めての経験でした。

素晴しい夢をおもちの喫茶店主から愉しいお話を沢山頂きました。

東北の小都市で地方紙の刊行に自己を託しておられる情熱の人がありました。

優しさと美しさの匂う若い女店主の握って下さったおにぎり、そして対話。

若さの溢れる女子大生四人と、岬巡りを愉しんだときの東の間の旅情。

旅は道連れと申しますが、自動車を駈ってのキャラバンでも、結構いろいろな人とお会いしたり、お友達になったりいたしました。

ラクダに商品を満載して砂漠をキャラバンするアラビアの商人のイメージとは大いに異りますが、今回の全国一周の目的は、まず全国のご同業にお会いして、ホビーについての意見を交えることにありました。そして私共の開発した若干の技法の公開と、少しばかりのオリジナル工具をお求め頂けたらという段取りになっていました。

幸いなことに海洋堂なり私なりには、全国的に若干の知名度のようなものがありました。それは可成りな小冊子などの配布による効果がある程度浸透していたのです。ありがたいことでした。ほとんどの方が、初対面でありながらすでに何度もお会いしたような、親しみの表情で迎えて下さいました。

これまでガリ刷りにしたものや、印刷したホビーに関する小誌は、すでに十種余り編んで参りました。それをご同業へお配りいたしましても、ご同業を識ることにはならず、いつも片道切符のようなもので、私の独りよがり的なものとなっていたように思われます。

十一年という長い年月を、私なりにプラのみの商いに没頭して参ったという自負は、キャラバンと同時に吹っとんでしまいました。プラモのみにテッテイしてきた。という私の信念らしきものは、まだまだ不勉強というよりは独りよがりであることを思いしらされたのです。

いざ出発となったとき、しっかりハンドルを握っても、クラッチや、アクセルを踏む足先が慓えるのには、さすがの私も閉口いたしました。お店をお訪ねするまえには、ひとまず喫茶店などに入って、水を呑んだり、コーヒーを喫んだりして精神統一するのに苦労いたしました。

これまでにお配りいたしました「商いの手帖」などへの反応の少なさを私は、ご同業の熱意のなさなどと勝手に思い込んだりしていました。が、お会いしてみてご同業なりに受け止めて下さっていたのだ。と識ったときの歓びは、直接お話を伺わなければ味わえない感動でした。

各地のご同業と膝をつき合わせ、何時間も話合ったり、またある時は夜の更けるのも忘れ、早暁まで語り明かしたこともありました。人と人との接触ほど人間をより激しく、なにかへ駈りたてるものはないと思いました。

AさんにはAさんなりの個性があり、BさんにはBさんなりの豊かな商いの経験と、不屈の信念がありました。またCさんにはその地方独自のアイデアに裏打ちされた商法がみられました。これは当りまえのことなのですが、私にとりましては目を瞠るような愕きでありました。

キャラバンはすでに昨年の体験となりました。こうしてペンを走らせている私は、各地のご同業のお話ぶりや、熱のこもった表情を昨日の出来事のように鮮やかに想い出すのです。私の脳ミソのヒダには、それぞれのご同業のイメージや、商いに対するお考えなどが、いつでも引出せるように刻まれています。

全国一周に出るまえの私は、ホビー業界の未来を憂える志士気取りと、なんとかしなければの悲愴感めいたものがありました。それをドン・キ・ホーテ的滑稽さでカモフラジーしていた自分が今更ながら可笑しく、半年のキャラバンを振り返りますと、それが全くの道化者であったと肌に粟立つ思いです。

憂いも、悲愴感も考えてみれば、それは自己中心的な傲りにしか過ぎません。小商い人である身が、如何にヨロイ・カブトで大きくみせようといたしましても、どなたも愕くことではありません。これからは中味を濃密なものにしなければと、おおいに反省しています。

ご同業とお会いするには、なによりもまず情熱を必要といたします。

ご同業とお話を交えるには、それなりのホビー認識がなければ果せません。

そのうえ未来への洞察力をもたなければ、お話を交える資格はないでしょう。

大半のご同業は私より商い歴をもたれる大先輩ばかりでしたが、未熟なはなしを熱心に聞いて下さいました。これは私にとしましては感動と申しますよりは、大変な衝撃でした。大事件でした。毎日が大事件に遭遇しているような緊張の連続でした。

私なりに真剣に取組みました。可能な限りのエネルギーをかきたてました。そして昂ぶる闘志を抑えながらお店に足を踏み入れました。ご面接頂けますと、精一ぱいお話を伺い、お話をさせて頂きました。

こうして深夜の書斎に座っていますと、旅先で頂いたご同業のご配慮や、ご友情や、励しは、体のなかを熱い血となって駈けめぐります。全国から頂いて参りましたアイデアや、ご友情をこれから先どのように価値へ結びつけるかは、本年生れ年であるところの竜年の私の課題となりそうです。

人との出会いこそは、閉されがちな都会人の心を豊かにして頂けたばかりでなく、私のなかで眠っていたものを奮いたたせて下さったように思います。

武者修行にも等しい私の全国キャラバンも、ご同業の暖いご支援のもとに一応つつがなく完走させて頂きました。この素晴しい体験、貴重な勉強をホビーの商いに活かすためには、みなさんに喜んで頂ける、または少しでも儲けて頂ける条件を提示すべきだと、なまけがちな心に云い聞かせています。

真のホビー人として私は、十一年目にして目覚めました。活眼いたしました。全国キャラバンした情熱を、ホビーの商いにぶっつけようと張切っています。

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ホビーの可能性

「人間は自分にあれができない、これができないといっている間は、それをしないことを決心しているのである。したがってその間は、それをしなければならないということが、彼にとっては不可能なのである」

ベネディクト・スピノーザ

 

「プラは今後、これ以上期待できないのではないだろうか。」という質問をよく頂きます。「なぜプラは期待できないのですか。」私はその都度オウム返しに反問することにしています。

期待できない。ということは未来性がない、可能性がない。という嘆きであり、そのような不安な商いになぜしがみついているのか。と腹立たしくなるのは私だけでしょうか。自らの商いに冒瀆していては、これから先の発展すら望めないように思われます。

プラの可能性につきましては、これまでプラのみを専売して参ったものとして機会あるごとに声を大にしてきましたので省略いたします。が、現実問題としてプラを商っておられますご同業が、果してどの程度プラを認識されておられるのかは、自問自答して頂くと答えは明確になるでしょう。

プラが主力商品でありますだけに、真向から否定されたり、無視されないまでも、この魔法のランプと重宝がられている無限の可能性を内包している素材を、テッテイ的に分析追求したり、活用することで少しでも商いに役立たせようと努力されていないのはなぜでしょうか。

プラモケイはいま始ったばかりで、その可能性はなに一つ解明されていないといえるようです。私たちの周囲にはプラでない物品を探す方がむつかしい時代になりました。現代こそはプラ時代であって、プラをこれまでのように蔑視しているととんでもないことになります。

モケイ店がこれまでのように成長して来れた最大の理由には、プラが素材としてどのような需要にも簡単に応じられるばかりか、木や、鉄などよりも工作しやすいという特質を備えていたからだと思います。

プラは積木細工とおなじで、だれもが安易に取組めるので創造性にかけるのだ。とよく耳にいたしますが、それはプラを全く識らない人の言葉にすぎません。プラを商う以上は、せめて五十なり、百なりをご自分で制作してみる、プラが真実蔑視の大賞になるものか、どうかをお験し頂けるとよくご理解願えるのではないでしょうか。

プラなど作らんでも解っている。と仰言られる方は、この際いさぎよくプラの商いを諦められたら如何でしょうか。

どのような商いでも商品認識がなければ成りたちませんが、プラにかぎり全くの素人が明日からでも商いできる魔力を内包しています。素人が手軽に商売できるという際立った商品条件を備えていますので、十一年まえに私のようなチンプンカンプンのど素人でも、小資本で開業できたように思えます。

だれもが安易にとり掛れる。これがプラの魅力であり、プラの可能性ともつながっているのではないでしょうか。また逆に考えればそのような条件が、プラの発展の阻害ともなっているといえそうです。だれもが安易にとり掛れるという気軽さのまわりには、大きな陥し穴がかくされているといえそうです。私もその陥し穴のなかで、プラの可能性について五年も六年も暗中模索いたしました。可能性が一ぱいある筈なのに、現実にはなに一つ見出せないのは、全く魔法のランプといえるようです。

昨年頃よりホビー店には、二十才前後の若者の出入りが頻繁になりました。これは全国的な現象です。若者らが突如としてなぜプラに関心をみせはじめたのだろうかと考えますと、彼らの幼児から少年期にはすでにプラモケイが存在し、どのような子供でも一度や二度はプラモケイを作った経験があるものと思われます。そこへ最近の経済状況が若者らのオートバイ熱や、自動車志向を押さえてしまいました。自動車に乗りたい、所有したいという願望を果せなくなったウップンばらしが、プラでも作ってみるか。ということになったようです。

そのうえ若者らは生活の場でもプラに囲まれて育って参りましたので、プラに対するアレルギー傾向が全くみられないのも、新しい顧客層の出現といえるのではないでしょうか。これまでの四十才前後、それ以上の中年層の父親たちには、木やその他の素材への異状なまでの郷愁があり、なかなかプラを認めようとはしませんでした。が、最近になってようやくプラアレルギー体質保持者は、老年層へと大きく後退しはじめています。

昨年末ホビー店を襲ったカーブームは、プラ時代を告げる第一波ではないでしょうか。これからは第二波、第三波と次々に起って、ホビー界も少しは賑うことでしょうが、私共にそれらの波長を捉えるだけの準備がなければ、永久に商いの波動として定着させることはむつかしいように思われます。

そのためにもプラに対する認識を深める努力を急いだり、どのような企画をすれば効果があるかなどのアイデアは、ホビー店で編み出してもよい時期にきているようです。

十五年もの長い間おなじ仕組の、おなじ形態の商品を性懲りもなく吐き出してきたことを反省し、なにを、どのようなものを商品化すればよいか。と商い人として真剣に取組むべきではないでしょうか。

若者たちがせっかくホビー店に訪れてくれたとしても、ある程度繰返して制作されると魅力を失ってしまう商品構成なり、指導態勢なりを充実させなければ、いずれは他の趣味へと転移されてしまうでしょう。

全国のご同業が、問屋まかせ、メーカー依存をやめて、せめておれならばこうするという気概なり、商品企画の五つや六つは持ち合わせて欲しいものです。ホビー店主それぞれがプラに関心をもちさえすれば、そこから可能性が生れ、無限大の商いが成立つのではないでしょうか。

 

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心と頭と手と

……つまり偉大な芸術品は絵画でもデザインでも工芸でも、感動と知性と技術が混成したものである。すなわち頭と心と手の非常に微妙に調和したもので……。

リチャード・ギャット

 

昨年末前田泰次郎著の「現代の工芸」を読んでいた時、リチャード・ギャッとの文章に魅了されました。頭と心と手という言葉こそは、ホビーを志す私が探し求めていたものです。これこそホビーの商いにぴたりのことばではないでしょうか。私はこの素晴しいことばを借用いたしまして、心と頭と手という順序におき変えてみました。

なぜならホビーの商いはまず心の触れ合いから始り、それから顧客の知性に訴えかけたり、技術指導するという、世界一般の商いにみられる売り買い以上の興味深い要素から成立っています。そこで私はホビーの商いこそ、感動と知性と技術が混成された仕事ではなかろうかと思うのです。

心と心の触れ合いからはじまるホビーの商いこそは、素朴ながらお互の知性なり、技術なりを交換し合えるという、ともすれば現代社会では失われがちな優れた要素を内包しています。

ホビーの商いが単なる売り買いだけの物品販売に畄るのであれば、これまでのようにおじいちゃんの店番する小さなお店でも、スーパーでも、兼業店の店先でも充分こと足り専門店の必要はないでしょう。

ホビー店の大半がウインドを備え、そこに完成品を展示しようと努力しているかぎり、観て楽しむ雰囲気が演出されたり、感動性を誘発して購買意欲をそそる工夫がなされていると考えてよいでしょう。商品販売だけであれば、八百屋よろしくありったけの商品を並べたり、積み上げてさえおけばよいのであって、なにもウインドなど設けなくてもよいのです。

ウインドを設けて完成品を展示すれば、顧客は創造力を刺激されるだけではなく、購買意欲を起こし制作衝動をもつに違いありません。しかしこれまでのホビー店の展示形態は、あくまで商品見本的であり、作品展示というほどの価値を追求したものとは思われません。今後はそのような見本展示方式はすたり、本格的な作品展示へと進展するのではないでしょうか。

余裕のある展示場のなかで優れた作品を鑑賞していますと、どなたでも制作意欲をかきたてられて頭から手へ、つまり認識から技術へと顧客領域は果しなく広がるでしょう。

ホビーの商いこそは物品販売というよりは、画材販売と美術教育と画廊経営という高度な形態をひとまとめにしたようなやり甲斐のある仕事とお考え頂いてもおかしくはありません。

ものを作る素材を提供する。そのためにはより優れた作品を蒐める能力のほかに、作品を評価するたしかな観賞眼も要求されます。その前提条件といたしましては当然ながら、初心者なり未熟者への技術指導なり、適切なアドバイスができる能力を必要とするでしょう。

ホビー店経営者であれば、ある程度まで顧客を育てても、いつの間にか他の趣味へと移り替られてしまうことにお気付きでしょう。それはある時期なり、ある程度制作されると忽ち興味を失ってしまうからです。私共に訪れた顧客を分析いたしますと、年令的な時期や、認識力や、技術などにより差異はありましても、いつかはホビー店を超えて他の趣味へと移行してしまいます。

商品の魅力の乏しさ、構成力の欠陥などよりも、ホビー店自体の勉強不足、つまり指導能力のなさにも原因はあると思われます。

私の知るかぎりの優秀なマニアの方々は、それぞれ独自な素材のこなし方や、技術を向上させる手腕をもち、彩色技法などにも個性を表現しようと努力されてあきることをしりません。それらの人々は、ホビー店主に啓蒙されたのでも、技術指導を受けたのでもなく、自らの趣味として作品づくりに励んでおられます。プラを傷害の趣味として選択された方には、なによりも心があり、頭があり、手がありというように、ホビー店主にない資質をより多く備えています。

それぞれのマニアは独自なホビー哲学をもち、限りない探求心とひたむきな努力で技術をたかめ、報いの少ないホビー作家として孤独な道を歩んでおられますが、果してホビー店がどれほど影響したり、手を添えたといえるでしょうか。よく考えてみたい問題のように思われます。

ホビーを商うものは、心と、頭と、手という三大要素を内包しなければ、真の商いの哲理をもてないことをこの機会に強調させて頂きます。

心と頭と手という課題をこなすためには、忙しい、いそがしいとコマネズミのように駆け廻る時間を少しだけ割いて、美術館や、博物館を訪れてみられたら如何でしょうか。ついでに本屋さんを覗いたり、映画を観られたりすると申し分はありません。商いを終えて吻っと一息というときに百科事典などの頁をめくられることもおすすめいたします。

全国キャラバンいたしましたとき、よくご同業からホセンという言葉をお聞きいたしました。ホセンという項目は、百科事典などにもなく帆船は、ハンセンでなければなりません。帆船をホセンと平気で仰言られる感覚からまず改めて頂きたいものです。

ホビーは人類の遺産を再現する仕事といっても決して言い過ぎではありません。これまで私が繰返し述べさせて頂いていますように、ホビー店の将来は自動車博物館づくりであり、飛行機博物館づくりであり、戦車博物館づくりであり、帆船博物館づくりも決して夢ではありません。

新しいホビーへの挑戦、可能性への挑戦を具体化する意味からも、心と頭と手というテーマにそった店舗演出を私なりに具現いたしまして、ご同業のご批判を頂こうと心に期しています。

 

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友情と激励

全国キャラバンでは、各地のご同業より沢山の励しや、お便りを頂きありがとうございました。

宮脇童平

 

全国キャラバンとは申せ、ささやかな私の行動に対して、過分なる評価を頂き恐縮いたしました。お話を頂いたり、お便りを下さったご同業のほとんどの方は、なにかをしなければとお考えのようでした。心強いかぎりです。

目標よりも倍ちかい日数になったキャラバン、それでもまがりなりに日本一周を果せましたのは、ご同業のみなさんの励しによるものと、心よりお礼い申し上げます。ともすれば挫けそうになる私の弱い心を奮いたたせてくれたのは、各地から届いたお便りであったことをお伝えし私の感謝のしるしといたします。

次に掲載させて頂きますお便りは、北海道のあさひや様より八月に頂いたものです。お便りの文章は迫力に溢れた達筆でした。商いの大先輩であるばかりか、アイデア溢れる商いを盛大に展開されておられるあさひや様の商いに対するひたむきさや、情熱には圧倒される思いです。函館でお話をお伺いしたときの凄しまでのホビー志向と商いへの執念のようなものを想起いたしました。大先輩の常に原点へたち戻ろうとされる純粋さには敬服のほかありません。

 

海洋堂様

暑中御見舞申し上げます。

私共のような店にまでお立寄り頂き本当に有難う御座居ました。

お陰さまで私の考えにある種の決心がついた事に対して心よりお礼い申し上げます。特にプラホビーの船一筋に、その船から何かを掴もうとして、ひたむきに十数年の努力をなさっている姿には、深い感動を受けました。

今だかって、貴兄の如き迫力ある方に(ホビー関係で)お目にかかった事は御座居ません。私などは一つの商売の中にのみ、何かを求めようとしているのに対し、貴兄は船という一つの造形物を土台として、それらから得られる知識の全てを吸収しつつ、更に飛躍を目ざしている姿はうらやましく、ねたましくさえ感じられました。

私が常々思っている事は、いやしくも専門店なりと自負している以上、何かその店に一つの判然としたテーマがなければならないという事です。

昨日、今日開店したばかりのプラモデル屋さんも、スーパーも、デパートも、専門店と稱する古い店も全くおなじケースで、同じ品物を、同じ状態で、同じ価格で販売している愚をなんとか抜け出そうと努力しています。そしてそれらの事はだれも教えてくれません。コンサルタントの言葉は極めて一般的であり、地域性を無視したもので、何等の参考にならないばかりか、全部があの通りすれば全く同じ店が雨後の筍のように現出するとしか考えられません。

常々プラホビーは家庭のインテリア商品としての価値づくりは、どこから入るべきかを考えていました。そこに貴兄のあの凄しいまでの執念を見せつけられ、愕然とした事は事実です。

幸い私には何とかなりそうな店が出来ました。これは一つの実験場ですが、なんとか希望の三十%でも出来ればと考えています。私にホビーを云々するほどの智恵もありませんが、私なりの考えをぶっつけてみたいと思っています。

本当の意味での商売になるかどうか判りませんが、北海道にもそんな馬鹿が一人位いてもよいんじゃないかと思っています。何かを求めながら、それがなんであるか、ついに判らずじまいで此の世から消えさるかも知れませんが、それも一つの人生でしょう。だれかが云った(死んでも前のめりで死に度い)あの言葉が私の信条です。貴兄と私の生き方に違いこそあれ、その信条に相通ずるものがある事を知り、何より心強く感じられ、今後のよき指導者になられんことを切に御願い申し上げます。私なぞは本当に狭い視界しかみておりません。大体法華移動の人たちの共通した現象です。従って未知なるものへの感動も大きい訳です。今後のご指導を心よりお願い申し上げます。

函館 あさひや 打田正明

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あとがき

セイタカアワダチ草のおい繁る廃墟のようなボーリング場あとで、沢山の子供らが凧揚げに夢中になっています。この冬日本の冬空を被ったゲイラー凧も、ボーリングや、セイタカアワダチ草とおなじように、海の向うからやってきた幻怪のなかまです。

ボーリング場の上空で舞うゲイラー凧は、なにを象徴しているのでしょうか。なにかを暗示しているという不気味さは、私だけが抱いているのでしょうか。セイタカアワダチ草も、ボーリングも、昨年流行したゲイラー凧も、共に日本のホビー、つまりあそび心を荒廃させるかのように通りすぎたものたちです。

二十数年まえ、それらの仲間の先駆けとしてプラモケイは、海の彼方から渡来してきました。が、一時のブーム現象に終ることなく、ようやく日本のホビーとして定着したかのように思われる帰化商品であります。しかしこれまで大きく根をおろすまでには、二十数年の才月を費したのです。

二十数年の歴史のなかでは、幻怪として忌み嫌われた時代もありましたけれど、プラの発展と相まっていまや魔法のランプは、灯りはじめようとしています。魔法のランプだけに、いつ消えるものか、いつ忽然となくなるものか、判然としないところに不安はつきまといます。それらは全国のご同業のなかに、そうですプラを極端に軽視される商習慣のなかにあるのです。が、私はプラモケイがこれから先、素晴らしいホビーの明りになることを信じて疑いません。

ホビー店のなかにはいまだに、プラをママ子扱いしたり、ゲイラー凧を売るような幻怪扱い、つまり無責任販売が目立つのはなぜなのでしょうか。

スーパーや、兼業店の安売りに神経のみを尖がらせ、一大事件のように騒ぎたてるご同業もまだ多いようです。プラの本質、基本的なものを見究める努力をしようとしないで、現象的なもののみ捉えて騒いでいたところで、魔法のランプの灯し方はわからないでしょう。ここらでプラの未来性をじっくり解明したいものです。

 

◇昨年五月から十二月中旬まで展開いたしました全国一周キャラバンは、私にとりホビーの商いのなんであるかを学ぶ絶好の機会となりました。いまこうしてペンを走らせながらも、キャラバンをして良かったと思うと同時に、十一年間プラを専売して良かった、悔いはないという感慨も併せもっています。

私はいま新しいホビーへの挑戦を心に描いています。十一年間の経験と、全国キャラバンでの研究成果をどのように活用するかを真剣に考えました。そこで私なりの構想で新しい店舗づくりを果し、一年生になったつもりで実験的な商いを試みたいと思います。

現在のホビー店は、時流よりは五年程度遅れているとの想定のもとに、心と、頭と、手というテーマに添った商いを探りたいと決意しています。

 

◇全国には素晴らしいあそび心をもっておいでのご同業も沢山おられました。みなさんはそれぞれになにかをやらねばと、真剣にお考えになっておられました。日本は拾いなアと、卆直に感じましたし、おなじような考え方のなかまがおられることに感動もいたしました。

これからはホビーの商いのなんであるかを的確に把握して、時流に押し流されることのない広く、大きな商いに創り上げたいものです。

キャラバンを振返る私は、各地のご同業と交った記録やら、ご教示頂いた資料や、写真などを整理しながら、このような方法を編めば、あのようなアイデアを加味すればなどと、新しい闘志をかきたてています。

 

◇全国一周キャラバンの記録は、資料や写真その他いろいろありまして、厖大な量になりますので、たっぷり時間をかけ「幻の風車をめざして」假題という本に編みたいと思います。一九七五年はホビー界にとって大きな曲り角ではなかったでしょうか。私のささやかな記録が、今後のホビー店のあり方に、少しでもお役にたてばと心に期しています。

 

◇中京地区、甲信越地区と各地区を巡りますと、次の準備や休養のために帰阪いたします。二三日休養いたしますと、美術館や博物館を訪ねたり、大きな書店や古本店を巡ります。キャラバンで乾いた脳味噌をしめらせるためです。「平櫛田中展」を観ましたのは八月のことでした。私はいま少しずつ本を、とくに歴史書、科学書、技術書、美術書などを中心に蒐めています。それは将来ホビー図書館を設けることを目標としているからです。ホビー図書館を設けるのは一九八十年と決めてはいますが、牛のような歩みでは予定どおり実現するのでしょうか。

 

◇日本一周キャラバンは、私の昨年の大仕事、いやプラモケイ専売十一年のしめくくりとして行動を起したのです。が、自らハイエースを運転して巡らせて頂いた実感をこの文章に出したく思い手書きにいたしました。

はじめて握るロットペンは仲々思いどおりの字になってはくれません。しかし私には練習する時間の余裕はありません。が、この通り表紙からすべて手書きしてみました。苦労ばなしで恐縮ですが、仕事の合い間や、夜の時間を利用してペンを握るものですから字面も揃いません。お読みづらいところは何卆素人がきとしてご容赦賜りたくお願い申し上げます。

こうしてペンを握って字面を追っているとき、私の脳裡をよぎるものがあります。それはキャラバンも手書きの小誌を編むこともホビーであるということです。ホビーはあそびであり、あそび心の表現である。と考えますと、あそびほど夢中になったり、苦しみを克服する能力であったりします。そのような真摯な姿は見るものには滑稽としか映らないということです。

キャラバンが、全くドン・キ・ホーテ的であることを、ペンを走らせながら認識させて頂いたり、このような熱中こそホビーだ。と実感して嬉しくなったりする私は、どうもコッケイキワマリナイ男のようです。

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