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海洋堂の50年を振り返って
2015年09月07日

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20150903154857920_00040テキスト版はこちら
「海洋堂の50年を振り返って」

昨年創りました「海洋堂の50年を振り返って」を長い間切らしていました。
それをこの度復刻いたしました。
「“光陰は矢の如し”」という諺(ことわざ)があります。人生はまさにその通りで、それを実感する歳になりました。
これまでを振り返りますと、「よくぞこれまで、生きてこれたものよ」という感慨もあります。
おっちょこちょいで、猪突猛進するだけのオトコが、ホビーの商いを50年もつづけてこれたものよ!という驚きよりも、「よくぞ、世間の荒波を泳ぎ切れたものよ?」という綱渡り的満足感もあるようです。

「ホビーの仕事は、いろいろな職業遍歴の果にたどりついた商いであります。
それまで30数回の職業を変えたと申せば、それなりに格好よく聞こえますが、当の本人にしてみれば、日本には、オレを受け入れる場はないのか?というほどの苦悶の青春時代でもありました。
ホビーというのは、すべてのあそびを網羅したような仕事であります。あそびは真剣に、そして夢中になるほど一生懸命に取り組むものです。
その一生懸命になれる、夢中になれるという条件がこれまで持続できた要因のように思っています。」

そのように「はじめに」綴っています。
50年を振り返りますと、あいつは三日坊主や、どんな仕事しても長つづきせん奴や!などと嘲られていた私が、やっとたどりついたのがホビーの商いだったのです。

人生は、諦めてはいけません。どのような逆境にありましても、納得できる仕事が見つかるまで、がんばり通せば、必ずよい結果が得られる!というのが若い人たちへの励ましです。
全国的な知名度はありますが、海洋堂はちっちゃな零細企業なのです。

創りの仕事の多くは、コンピューターなどの中に埋没して、衰退しています。
海洋堂が胸はれるのは、フィギュアという新しい文化を確立したことに尽きるでしょう。そして原型師という職人集団をつくり上げたのです。
「創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある」というキャッチフレーズが示すように、これから先も創るモノは無限にあるでしょう。

裏表紙うらに載せました「いまやらねばいつできるわしがやらねばだれがやる」平櫛田中先生の百歳の時の揮毫です。
87歳の私が、100歳まで生きますと、もう一度勉強して、夢を脹らませることも可能になります。
「海洋堂の50年を振り返って」の表紙に載せました、世界で最初の動くティラノサウルスを造って下さったのはクリス・ウェイラスです。
まだまだドン・キホーテのように走りつづけます。


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