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海洋堂シマントミュージアムビレッジ

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◎訃報がとどく
2018年04月10日

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わたしのような年齢になると、次々に訃報がとどいても、不思議ではないのです。それでも有能な若い方が亡くなると、なぜ死に急ぎするのか?と頭を抱えます。

90歳になれば、お迎えがきても慌てることなく対応できるように思います。それは友人・知人の訃報を聞いて来たので、死に対する感覚が鈍っているのかも?知れません。

わたしの歳を考えれば、ある日ぽっこり逝っても不思議ではないのです。つまりじたばたしても、どうにもならない歳であります。それ故に、せめて身辺整理ぐらいは・・・と思っても、ないなか死に仕度などできそうにないのです。

残り時間は少ないのですから、有効に役立てたい・・・などと呟いていても、結局はふわふわと宙に浮いてしまいます。

90歳になれば、視野も広がり、世間が面白く映るよ?などとしゃべってはいても、おのれとなれば意気地がなくなるのです。

先日もU君のお父さんが亡くなりました。その時は「そうか?」と沈痛な思いで聞いていました。わたしより一つ下の死は、胸に突き刺るほど厳しいものです。

「病気で苦しむより、はやく逝ってよかったね?」などと軽口をたたいているわたしがいるのですから、わたし自身が呆れてしまいます。

さて、死を迎えた時の自分は・・・どうなりますやら?


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