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◎手をめぐる四百字
2018年04月24日

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折にふれて、季刊誌「銀花」を取り出して、20年30年まえの記事を読むと、いろいろな発見があります。

1996年といえば、ほんの20年ほど前であるのに、懐かしかったり、すでに消えているものも多いのに驚かされます。

「手をめぐる四百字」も必ず読ませて頂いたコーナーであります。当時の有名人や、著名人が、手をめぐっての感想を、四百字に収めています。

それぞれの個性なり、字体の面白さなどから、作者の性癖などもうかがえて興味があり、愉快です。

-泥やごみに汚れていても、働きものの手は輝いています。
 無骨でしわだらけでも、人を愛おしみ、子を慈しんだ手は温かい。
 手が生み出すものは、強く確かで限りがない。
 七人の書き手から発する“手”からのことづて-

その七人は、伊藤豊雄、岩城宏之、加藤静充、加藤幸子、田中優子、時実新子、山折哲雄さんという、そうそうたる方々であります。“手”について、どのように書かれているのか?にも興味があり、また勉強にもなります。わたしがとくに付箋をつけているのは「手のひらからの出発」を書かれた田中優子さんであります。

「紙をさわる。布をさわる。-私の手は確かに、そこから新しい世界を呼吸していた。去年の夏、因州の紙漉き場で何日かを過ごした。自分で作り、また様々な紙をさわりながら、あることに気づいた。私のすみかは頭の中から、手のひらに移ったようだと。
 それより二年まえ、私は英国のオックスフォードにいて、「布」の研究を始めていた。交易や技術文化移動の研究だったが、日本を離れた遠国には私自身の深い疲労と悲しみと、癒されたいという思いがあった。すでにこの時私の思考の場所は手のひらに移っていたのかも知れない。何よりも布の手触りに魅了され、癒されていたからであろう。

柳宗悦は、手の奥にはいつも心が控えている。と書いた。芸術家の友人は、手のひらはその人の内面だ。と言った。だとすると私は、さんざん言葉の迷路をうろついた挙句、今ようやく内側から出発しようとしているのだろう」

わたしは、田中優子さんのファンであります。400字の中には、田中優子さんの様々な思いがあって、ものすごく興味があります。

現在田中優子さんは、法政大学の学長さんでありますが、そのように古い「銀花」の中には、多くの方たちが、400字の中にそれぞれの思いや、考え方を書かれていて、本音を聞いているようです。


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