館長室

海洋堂シマントミュージアムビレッジ

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館長

◎かっぱ砦の物語
2018年07月30日

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作品No.204(第二回)
『深海河童「青空を捨て・・・
漆黒の海へ」』川尻宜聖

ブログに「四万十川カッパ造形大賞」の第一回目の応募作品をコピーして貼ってあります。それぞれの作品をコピーしているうちに、わたしは大きな忘れモノをしていることに気づきました。

気づくまでに、この一週間ほど毎日真剣に考えていました。それは「かっぱ砦の物語」を創ることではなかったのか?今は呑気にブログなど書いていてよいのか?ということであります。

かっぱ砦の物語は、3年ほどまえから準備して、資料もすでに箱いっぱい蒐めているのです。気が向かない・・・といって歳を取るだけであります。

「四万十川カッパ造形大賞」に応募して下さった1700人余りの人々の思い入れと共に創ろう!またかっぱ館や2号館、茅葺き古民家を移築して下さった多くの職人さんたちの熱い思いなど、何もかも入れて、面白い大人の読み物を創らなければならないのです。

そのためにわたしは、体調の復活を待って取り掛りたい!と考えていました。しかし、時間は容赦なく経ち、このままではだらだらと時間のみ経ってしまいそうな気がして参ります。

「いまやらねば いつできる わしがやらねば たれがやる」のたのたしていると、平櫛田中先生のことばが蘇って参ります。そうです、今やらねば誰がやる!であります。ようやく踏ん切りがつきました。体調を戻しながら、皆さんと共にかっぱ砦の物語を創らなくてはならないのです。

「THE KAPPA」つまり「四万十川カッパ造形大賞」に目を通していると、大きな忘れものに気付きました。それは「かっぱの砦の物語」を創るということでした。

「四万十川カッパ造形大賞」2010年の総評の中に、審査委員長の牧野圭一先生の言葉がありました。

「宮脇館長は、応募されたお一人お一人に魅力的な物語がある」と選考会場でため息をし、「これは時間が掛っても、その物語は自分のペンで表現したい」というくだりがあります。それには赤線が入れてあります。それを忘れていた訳ではないのに、それから8年、まだわたしは創りかけてはいないのです。

わたしは大いに反省しました。「いまやらねば たれがやる」であります。多くの人々に関って頂いて、かっぱの砦も完成しつつあるのに、約束を果せんでどうするんや!命を賭けてやらんかいな!でけんほど歳とったんかいな?

先般の卒寿のパーティにも「いまやらねば いつできる わしがやらねば たれがやる」という看板を舞台に掲げました。何のために掲げたんや?ここらでしゃんとして、やる気を起こさな残り少のうなったんやで・・・。

ここで冒頭に掲げた『深海河童「青空を捨て・・・漆黒の海へ」』という館長賞の特異な応募作品を見て頂きましょう。

地球温暖化で水没する島国もあるという昨今、人類は真剣に海底生活を考えておかなくてはならなくなります。それは顎にエラを付けた海底生活のできるような人間が、そう遠くない将来に出現するのでは?と考えていた時、それが「四万十川カッパ造形大賞」の応募作の中に現れて驚きました。

制作された川尻宜聖さんは、次のようにコメントされています。

「かって古きよき時代に青空の下「人と共に生きた河童であった」川の水は汚れ、人の心はすさみ、徐々にその姿を隠しながら、やがて人の前から姿を隠し・・・実は河童たちは生きるために青空を捨てた・・・エラを復活させ、深海へ棲む場所を選んだのだった。かって頭部の皿は、深海の魚たちのように光ることで仲間と交信するようだ・・・だがその大きく見開いた瞳は何だか悲しそうに漆黒の闇に光る」

それに館長であるわたしの短評が添えられています。

「河童を深海に適応させるという発想に、まず驚きました。SF映画のワンシーンを思い描くほどでした。J・ヴェルヌの「海底二万マイル」や、最近の「深海のイール」(フランク・シェッツィング著)を連想させるほどでした。河童を深海に適応させる想像力もあり、河童に新しい棲み場所を提供したのも見事です。「青空を捨て・・・漆黒の海へ」ここから新しい河童物語が始るでしょう。」

第二回の総評の中で、審査委員長の牧野圭一先生は、総評のお終いの方で、宮脇館長は「応募されたお一人お一人に魅力的な物語がある」と選考会場でため息をし「これは時間が掛っても、その物語を自分のペンで表現したい」と決意を述べられました。

そしてそこには赤線が引いてあります。わたしも忘れていた訳ではないのですが、やろう、やろう!と思っていたら8年が経ち、わたしも90歳になりました。

わたしの寿命も残り少くなりましたので、これからは「かっぱ砦の物語」に集中したいと考えています。その間ブログもお休みにするつもりでしたが、三紀さんの助言もあり、気が向いた時に綴りたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

2018/07/30 | 日々日

館長

◎私の履歴書
2018年07月27日

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作品No.010
「おさんぽ」大内康成
~子供のかっぱの初めてのさんぽ~

日経新聞に中村吉右衛門さんの「私の履歴書」が連載されていて、歌舞伎役者の厳しい日常がよく分ります。

「ドラマ鬼平」では、鬼平に関わった経緯が詳細に述べられていて興味しんしんです。

以前にも綴りましたが、今年の初めにドラマ「鬼平犯科帳」をBSで観てから、「鬼平」に嵌ってしまいました。鬼平犯科帳に魅せられたもう一つの理由は、密偵おまさの大きな瞳でありました。以来おまさの出番を待ちながら「鬼平」を見つづけています。

「鬼平」を吉右衛門さんが演じて150作、その間多くの人々を魅了してきたのです。只今BSで観ているのは、すでに何回も上映されているものでした。

一週間に一度の「鬼平」を待ち切れなくなったわたしは、池波正太郎の「鬼平犯科帳」の文庫本をすべてと「剣客商売」「仕掛人・梅安」など、池波正太郎を70冊ばかり求めて、半年ほどで読み切りました。

そのように時代モノを熱心に読んだのは、はじめての経験でしたが、それはおまさの目に魅入られてしまったからでしょう。

中村吉右衛門さんが初代松本白鸚さんの後を受けて150回もつづけて演じられたことは凄いことで、お陰様でわたしは、今では池波さんから、山本周五郎の文庫本を50冊積み上げて読んでいます。

2018/07/27 | 日々日

館長

◎タラバカニの剥製
2018年07月26日

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作品No.009
「老河童の一服」佐野康崇
~老河童が談笑しながら
一服しているシーンを・・・~

館長室、つまり応接間にはいろいろな珍しいモノが雑然と置いてあります。

一木彫りの大きなダルマ、陶器のシーラカンス、ガラスケースに収まった関羽の人形などそれぞれに価値あるモノばかりです。中国などの人々からプレゼントされたモノなど珍しいものが多く退屈はしません。

その中に見栄えのしないタラバカニの剥製が、お粗末な木箱に収まっています。それはわたしが50数年まえ、北海道の缶詰工場で働いていた時、毎日ホルマリン注射をして剥製にしたモノです。

その前年、チリ津波というのが、東北や北海道を襲いました。わたしは、今でいうボランティアとして、北海道のキリタップという村へただ独り自ら集めた救援物資を背負えるだけ背負い、青函連絡船に乗り、はるばるキリタップまで行きました。

この話をいたしますと、とても長くなりますのでまたの機会にゆずりますが、その翌年わたしはもう一度ノサップへ参りました。それはどういうことかと申しますと、当時歯舞などのコンブ漁師は、ノサップ灯台の目先にある貝殻島へコンブ獲りに出掛けていました。

するとロシアの監視船が現れ、逃げおくれた漁船は拿捕されるという悲劇がおこります。貝殻島は良質のコンブの採れる小さな島ですが、ロシアの島というか領土ということで、ロシアの監視船が常に監視していてコンブ漁船を捉えるのです。

その横暴さが許せないわたしは、その実情をコンブ船に乗って取材しようと、歯舞の漁師宅に泊めて頂き、コンブ船に便乗して貝殻島へ再三出向きました。まだ30歳代のわたしは血の気が多く、正義感らしいものがあったのでしょう。

ロシアの監視船が姿を現すと、ノサップ灯台からサイレンが鳴ります。それ!!ロシアの監視船が来たぞ!!と日本の島というイメージがあるのです。

貝殻島の悲劇を知ったわたしは、一年かけて準備して、缶詰工場で三ヶ月働かせて貰い歯舞の漁師の処で一宿一飯のお世話になり取材をいたしました。これは青春時代の貴重な想い出でありますので、いつか綴りたいと思っています。

というようなことで缶詰工場で働き、歯舞で取材いたしました。大阪を出発する時、息子(今の社長)に、オットセイを剥製にして土産に担いでかえるからなァ~と約束したのがオットセイならぬタラバカニとなったという訳です。

ホルマリンの臭気はひどい匂いですから、根室から大阪に戻る汽車の中では、いつもデッキに置くなどして苦心いたしました。タラバカニの剥製は、わたしの青春の象徴ともいえる貴重なものであります。

タラバカニは、今でこそ誰でも食べられますが、その頃は見ることもできない貴重なモノでした。

2018/07/26 | 日々日

館長

◎おぞましい言葉はまず手書きにする その醜悪さに驚かされる
2018年07月25日

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作品No.008
「AQUA BOX」名倉淳
~水の中を切り取ったような
イメージで考えました~

時々、阿久悠さんの「清らかな厭世」を拾い読みします。

ご本の表紙にある「働くことは愚かなことか、創ることは無駄なことか、考えることは敗れることか」にはしゅんとなります。

その「清らかな厭世」の中に、次のようなページがあります。「おぞましい言葉は、まず手書きにする。その醜悪さに驚くから」

そして最後に、文字は手書きから入るべし。口汚い言葉も、自分の手で感情を込めて書いてみると、如何に酷いことを言おうとしていることがよくわかる。これがヒット・メーカーの言葉です。

わたしはブログを綴ったり、手紙を手書きで書いています。それで阿久悠さんの言わんとする気持ちは、よく理解できます。

ノートに走り書きしますが、後になればそれがよくわかります。くたびれた人間ではありますが、人間少しぐらい早い、遅いの差はあっても、この歳になると余り変らないように思います。

阿久悠さんははやく亡くなられましたが、彼の残した言葉と申しますか、箴言には頭が下がります。90歳になっても、学ぶことばかりで、探究心を鈍らせたら・・・そこは地獄の門です?

2018/07/25 | 日々日

館長

◎悪い奴ほどよく眠る
2018年07月24日

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作品No.007
『推定0.1歳』千葉洋
「生まれたばかりの
河童の頭蓋と手足の指骨です」

二週間に一度、「黒澤明」監督のDVDコレクションが届きます。すべてが届きますと30回ですが、今日は、14回目「悪い奴ほどよく眠る」が届きました。

「悪い奴ほどよく眠る」は、1960年のモノクロ映画で、政治汚職に凄く切り込んだ力作です。

わたしがDVDシリーズを取り寄せているのは、映画を観るというのではなく、黒澤さんの映画に対する考え方や、姿勢に興味があるからです。毎度のことながら、出演俳優は次の通りです。

三船敏郎、森正之、香川京子、三橋達也、志村喬、加藤武、藤原釜足、笠智衆、宮口精二、三井弘次、三津田健、中村伸郎、藤田進、南原宏次、清水元、松本染升、土井義男、山茶花究、菅井きん、沢村いき雄、田中邦衛という錚々たる性格俳優たちです。

ほとんど故人になられた方が多いのですが、戦中戦後を生き抜いて来られた人々の演技は、すぐに脳裡に浮かぶのです。

皆さんも、お一人、お一人の俳優の名を見れば、それぞれに想い出すシーンもあるのではないでしょうか?

俳優それぞれにドラマのある凄い連中を集めて、黒澤明さんは、今の時代にでも通用する映画を創りました。

2018/07/24 | 日々日

館長

◎龍のあれこれ
2018年07月23日

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作品No.006
「おっぺけ村のカッパ(昼下がり)」ぺこりん
~おっぺけ村の川のほとりに住む
カッパの「まるどん」の昼下りの風景~

辰年生まれのわたしは、龍の絵や、飾りモノがあれば蒐めてきました。辰年のオトコは、龍へのこだわりがつよく、わたしだけではないようです。

むかし葛飾北斎は、ご自分が辰年生れというだけではなく、辰の刻生まれというほど、辰年であることにこだわっていたそうです。

辰年生まれにこだわりはない?というわたしにしても、龍の絵などを見付けると、手に入れたくなるのですから不思議でもあります。

絵は勿論のこと、飯を食べる茶碗や湯呑みにまで龍にこだわっているのですから、重症であるのかも知れません。

辰年生まれを自慢してはいましても、90歳にもなりますと、天に上るほどの覇気もなくなり、少しはおとなしくなったようです。

さて今日は、本棚を探していると、2002年の「翼の王国」ANAのPR誌が出てきました。それを見た瞬間、「そうや、宗像大島へ行ってなかった?」と思い出しました。

そこには、すでにお亡くなりになられた沖西さんが制作された貝殻で制作された白龍がありました。そのように考えていますと昨年、長野の小布施にある北斎の描いた龍も見に行ってないことに気付き、はやく見にいかねば・・・と不義理を覚えます。

2018/07/23 | 日々日

館長

◎ふしぎなジオラマミュージアム
2018年07月20日

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作品No.005
「初老の河童」内田欣二
~球体関節人形としての河童。
自分の解釈にそって作りました。~
入賞作品です。

兵庫県立歴史博物館で7月14日から始っている「ふしぎなジオラマミュージアム」のガイドブックに、香川雅信さんの新しいジオラマ論を展開されています。

ジオラマ論は、古くは1820年代に、イギリスのロンドンなどで、見せ物として流行したという記録があります。その「ロンドンの見世物」という上下二巻の本には、次のような記述がありますので、転記させて頂きましょう。

「ある国民の公開展示物を見れば、その国民性について他国民のすべてが合意できるある特徴が大体において認識できるものだ・・・わが類稀なる国に住む諸君よ、周囲を見回して国民の娯楽や見せ物に注目するがよい。そうすればわが国の歴史の諸時代におけるわが国民の気質や精神が、そこから推測できるとわかるだろう。

-大英図書館・スクラップ・ブック「国民その他巧妙精緻なる製作物展示録」の序文。著者名は、1840年、ペカム在住のG・Sとなっている。

「ロンドンの見世物Ⅰ」の本の帯には、聖異物から自動人形、世界の珍獣、パノラマまで<見る><集める>という行為に憑かれた大衆の想像力を絵解きする見世物大百科」とあります。

まだ模型や、フィギュアが大衆的でなかった時代、すでに大型のジオラマが存在していたのです。そのジオラマを博物館で展示して、観せるモノということが姫路の県立博物館で実証して下さいました。

香川雅信さんが多くの詳例を引きながら、海洋堂のジオラマが博物館で堂々と展示されることになりました。取り上げて頂いた「生命の歴史連続ジオラマ」は、只今公開されている太陽の塔の生命の樹に匹敵するでしょう。

香川さんが言われるように、わたしがニューヨーク自然史博物館で観た巨大なジオラマは、新しいジオラマとして生まれ変りました。
フィギュアミュージアム黒壁の作品が、博物館で展示されるまでになったのは、感無量であります。これはジオラマが、新しい日本のアートとして、認められたことでもあるのです。

より多くの人々に観賞して頂ける、無限の可能性を秘めた作品として、ジオラマがここまで到達したという感動があります。世間に押出して下さった香川雅信さんに感謝申し上げます。

またジオラマを観賞にたえ得る作品にしろ!と言ったわたしの言葉以上の作品にした岡本君たちの努力を評価したいと思っています。

2018/07/20 | 日々日

館長

◎作るたのしみをすべての人に
2018年07月19日

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作品No.004
「楽」松風真生
~池の中で友達とはしゃぐ
河童を想像しながら・・・。~

うえはなつかしいキャッチコピーです。

日本一小さなプラモ屋として出発した海洋堂は、いつも新しいキャッチコピーを掲げながら、プラモ屋としての先陣を切っていました。

この度、フィギュア王と共に、ローマの軍船を発売いたしました。それは海洋堂が初めて企画した模型の帆船です。

従来の模型は、飛行機でも帆船でも、縮尺を基本に据えていました。どれほど正確に縮尺されているか?が問われていました。

そこでわたしは、縮尺を無視した絵画のようなモノがあってもよいのではと考えました。それは完成した作品が、ローマの軍船以上の見栄えがよければ・・・という発想なのです。

組み立てることを目的にしたモノではなく、完成したモノを販売するというこれまでにない方法を展示しました。ローマの軍船は、奴隷がカイを漕ぐことで進みます。奴隷たちは、二層に別れて狭い場所で漕がされていたので、カイは二段構えになっていました。

ローマの軍船そのものが巨大で、巾も長さも段違いの大きさです。そのローマの軍船を恰好よく表現したのが、縮尺を無視したローマの軍船でありますが、初めて完成されたものとして記念すべき作品なのです。

2018/07/19 | 日々日

館長

◎邂逅(かいこう)
2018年07月18日

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作品No.003
「慟哭している河童」王耀慶
~混乱している年代に友の死に苦痛している河童~

 

日曜日に甥っこがアルゼンチンから、友達を連れてやってきました。

先般の卒寿のパーティには、彼の母親である下の妹が参加してくれていました。

彼はアルゼンチンで手広く花の栽培を行っていましたが、花は他のものに任せて、主に野菜の栽培をしているという話でした。花は、流行りすたりがあるけれど、野菜は人間にとり必要なモノだけに、やり方によって面白い!ということでした。

彼はアルゼンチンでは、小さな実業家ではあるけれど仲々に先見性があると頼もしく感じました。

アルゼンチンには、大地主というか、いろいろな形はあっても、話の中では冒険心もあり、転換力のすばらしさには感服させられました。多くの民族の中で苦労しながら、それを力に変える力づよさには驚きました。

仲間を連れて日本に来るというだけで、彼の実業家としての可能性を見たように思い安堵しました。

血というものは、お互いに分かり合えるものよ!というよりは、彼のこれからに大いに期待してやろう!と思いました。10歳年長の息子も、彼のおしゃべりに耳を傾けていました。

2018/07/18 | 日々日

館長

◎行動力
2018年07月17日

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作品No.002
「カッパダンス」木下博之
<阿波踊りをしている河童をイメージした>

 

第一回(四万十川カッパ造形大賞)の応募作品は、滋賀県にある長浜の龍遊館に届けて頂くことになっていました。

2009年ですから、わたしも行動力がありました。長浜へも、また、四万十へも自らハンドルを握って車を走らせました。

締切りが迫るに従って一喜一憂しました。一つ届いて、ほっとしたり、二日ほど届かないと、心配になりました。しかし、締切日の二日三日まえになると、次々に届くようになったのです。そして最終的には363個というカッパ作品が全国から届きました。

あれこれ企画し、制作し、制作したものをしっかり梱包し、それを宅急便で届けるのです。大変な行程を経て、カッパ作品は長浜の龍遊館に届けられました。

梱包された箱を大切に荷ほどきしながら、スタッフたちは感動していました。一つ開けては、カッパ作品を眺めるのです。どのような作品なのか?喚声を上げながら見せ合うのです。

80歳になって、運転免許を返納しました。以来少しずつ行動力が鈍りつつあります。それは運転できないという機動力を失ったせいかも知れません。鈍りつつある行動力をどのように回復させるか?はこれからの課題です。

2018/07/17 | 日々日

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