館長室

海洋堂シマントミュージアムビレッジ

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館長

◎ブログ無断休載のお詫び
2019年04月24日

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5日間ほど、四万十に行っていました。大きく傾いていた山荘の修復が終えたので、蔵書の整理に行っていました。

大阪に戻りますと、全身が疲れていて、ブログを無断でお休みさせて頂きました。

最後の一日は、朝6時から、浦戸湾に舟出して、午後の3時頃まで座ったまま竿を操っていました。

大物が釣れましたら、写真をお届けするつもりでしたが、大物は6月以後にならなければ・・・ということで大物は釣れませんでした。

6月すぎになりますと、わたしの狙う外道という大物(タイやヒラメなど)が釣れるでしょう。

これから連休に入りますので、ついでと申せば勝手でありますが、5月15日頃まで休載いたします。

その間にオモシロイネタをいっぱい集めておきますのでどうぞ悪しからずご容赦下さい。

天に昇った龍より。

2019/04/24 | 日々日

館長

◎手塚治虫を想う
2019年04月19日

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1986年に亡くなられた手塚治虫のことが、ふと想い出され感慨にふける。

手塚さんとは、同じ1928年生まれというだけの縁ではあるけれど、同じ年に生まれたという面白さが、彼との親しみを持たせてくれていました。

一世を風靡したすてきなマンガ家で、世界中をあっと言わせた珍しい方であります。わたしと同じ年生まれということで、いろいろな恩恵を受けたものです。

ジャングル大帝、鉄腕アトムなど次々にヒットをとばして、長編アニメなどを発表して参りました。当時何より羨ましかったのは、ニューヨークで、ウォルト・ディズニーさんに会ってこられたことでした。

そのように手塚さんの経歴は華々しいもので、同じ年生まれのわたしとしては、それでも心から自慢できる方でありました。

自らの非才を棚に上げて、手塚さんはすばらしいなどと自慢するわたしなどを気にしない彼も、1983年60歳の若さで亡くなられました。

鉄腕アトムを創った1963年、当時人間の言葉を理解するロボットの登場は新鮮でした。そしてAIの時代になって、新しいロボットの登場です。

50年、100年を見据えた発想が、その当時すでに生まれていたのですから、その栄光の軌跡には頭が下がります。同じ年生まれなんや!と胸張っていたわたしも、すっかり老いぼれてしまい、これは!というものを残せずに、寂漠としたモノだけが全身に残っているのです。

2019/04/19 | 日々日

館長

◎今年最初のハイカラ釣り
2019年04月18日

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昨年の秋から、ながらく行けなかったと申しますか、餌のエビも出回り始めたそうでようやくハイカラ釣りが始まります。

ハイカラ釣りは、以前にも説明させて頂きましたけれど、なかなか味のある、古典的な釣法であります。おそらくこのような原始的な釣り方は、全国的にみても珍しい釣り方でしょう。

ハイカラ釣りの主な狙いは、キビレというチヌが対象であります。わたしは、チヌよりも外道といわれる大型のサカナを狙いますので、釣り本来の繊細さや、豪快さも味わえます。

わたしが、これまで釣ったサカナの中には、マダイや、ヒラメ、コショウダイ、ギンガメアジといった大物があります。

とくにマダイは、浦戸湾という外海ではなく、細長い湾の中を、80センチ超の大物が遊泳していると思うだけで心が躍ります。

浦戸湾の記録は、78センチというマダイですから、わたしの釣り上げた65センチはまだまだそれに及びません。それで今年は80センチを越えるマダイを狙っています。

今年は大物を釣り上げましたら、ブログに載せますので、どうぞ当てにせずお待ち下さい。91歳という老人になりましても、ハイカラ釣りのできますのは、友人たちが誘って下さるからです。その友情のためにも、記録的なマダイを釣り上げようと念じています。

2019/04/18 | 日々日

館長

◎アベ総理の温情?
2019年04月17日

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これまで桜田五輪担当大臣の失言を、適任者としてかばい続けてきた総理も「岩手の議員は復興以上に大事」という大々失言にかばい切れなくなりました。

オリンピックと、東北大震災の復興と、それに一女性代議士を同じ計りに載せられるのか?は、小さな子供でも判断できそうに思えます。

アベ総理は、気が長いというか?辛抱づよいというか?ガマンづよいお方というか?世間が騒ぎ出すまで、ピクとも動きません。

政治家という方は、不思議を絵にしたようなモノとよく言われますが、これまでも次々に8人もの閣僚をクビにしておいて、どのように厚いツラの皮をしているのでしょう。

国民としての憤りや、怒りもアホ~らしくて、言葉にもなりません。しかし、何かを言わなくては、ハラの虫が治まらないと申しますか?やり場がないのです。

ここで考えなくてならないのは、わたし共国民といたしまして、そのようなダメな政治屋を選んでいるのです。これからの投票される時は、よくよく考えてから選びましょう。

2019/04/17 | 日々日

館長

◎すてきな伝言
2019年04月16日

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三人共にお腹がすいたので、中華料理店の王将へ入りました。それぞれが、ラーメンや餃子を注文しました。

店内は広く、清潔感もあり、普通のラーメン屋さんとは雰囲気も異なり、店員もはきはき対応しています。

ふと右の壁に、次のような伝言がありました。

「店長よりお願い
 ちいさなお子様は汚すことが得意です。
 私たちが子供の頃もそうでした。
 ですから、外に食べに来た時ぐらいは
 気にせずそのままにしておいて下さい。
 後は私たちスタッフにおまかせ下さい。」

子供たちを連れて食堂などに入りますと、兄弟の多い子供たちは、ワイワイ、ガヤガヤ、ラーメンや餃子などを奪い合ったり、時には皿を落して割ったりします。慌てた母親は叱ったりします。

そのような時でも、叱らずにゆっくり食べて下さい。お店にすれば、毎日の出来事です。汚れを片付けるのは、私たちの仕事です。どうぞ、ごゆっくり食べて下さいという思いの込った貼紙でした。

店員さんも、きびきび働いて、本当に気持ちのよいお店でした。また来よう!と思えるお店でした。すてきな王将でした。

2019/04/16 | 日々日

館長

◎なぜ空は青いのだろう
2019年04月15日

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先週、「レオナルド・ダ・ビンチ」ウォルター・アイザック著、土方奈美訳、文芸春秋刊の、上下2冊が届きました。

「ダ・ビンチ」の上下本が届いて、少し活力をなくしていたわたしが、また元気になって、わくわくするような好奇心が脳細胞をぐるぐる回るような気持ちになりました。

「ダ・ビンチ」をホビーの神さまとして感覚的に捉えたのは、1974年の夏に宝塚のファミリーランドで開催されていた「科学者レオナルド・ダ・ビンチ展」を観てからです。

それから10年ほど経ってから「ARTPLA」という小誌を出版し、その最初に「レオナルド・ダ・ビンチ」はホビーの神様という一文を載せて以来ほぼ40年余り、ダ・ビンチを敬って参りました。

そして2003年、講談社から「創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある」という長いタイトルの本を出版し、その第三章にも「ダ・ビンチのように」と綴りました。

「レオナルド・ダ・ビンチ」の本があれば、見つけ次第買い求めていました。ダ・ビンチに魅了されたわたしは、イタリアにもゆき、フィレンチェからビンチ村の生家や博物館へも参りました。

「最後の晩餐」を何度も観て、いつか海洋堂で制作しようと心に言い聞かせて帰国しましたがまだ実現していません。

「レオナルド・ダ・ビンチ」の本が届きました。この本は、歳とったわたしの想像力というか、好奇心をふるいたたせるでしょう。

いくつになっても学べることは、すてきなことであります。まだ生きていて、本当によかったと、著者ウォルター・アイザックソンと訳者の土方奈美さんに感謝いたします。

ダ・ビンチへの夢がまた広がります。生きていることの意義をまた問い直して、新しい夢にチャレンジしなければと、やる気が起りました。

「レオナルド・ダ・ビンチ」は、ダ・ビンチから贈られたような気がして、しっかり読み込もうと思っています。

いろいろ綴りたいのですが、嬉しくて、はやくページをめくりたくて、また心を落着かせて・・・など、少年のようにわくわくしているのです。

2019/04/15 | 日々日

館長

◎いまやらねば いつできる
2019年04月12日

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「いまやらねば いつできる わしがやらねば たれがやる」は、木調家平櫛田中先生の100歳の時の書であります。

わたしは60歳の頃から、座右の銘として、ことあるごとに引用させて頂いて参りました。

昨日、紀州の龍神村へゆき、多くの人々とお話を交え、そうだこの言葉を言い忘れていたと思い、これから出す手紙の中に入れて・・・と思いました。

「今やらねば いつできる・・・」という言葉の持つ迫力は、これから先も変ることはないでしょう。

どなたであっても、何かをやろう!と考えた時には、この言葉の持つ迫力が必要であろうと感じます。

これまでわたしは、木調家平櫛田中先生の書を観て、すっかりその書のとりこになり、パーティなどでは舞台の上段に掲げます。わたしの心意気以上に、多くの人々の心に響くようです。

これまでわたしは、これ以上の言葉に出会えません。おそらくこれからも、この勢いある言葉を使わせて頂くことでしょう。

2019/04/12 | 日々日

館長

◎北斎漫画を見る
2019年04月11日

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わたしは、脳細胞がゆきづまりますと、まず「北斎漫画」を取り出して見ます。

千数百点を超す漫画は、どこを開いても見飽きることはないのです。森羅万象といえば大袈裟でありますが、どの漫画を見ても北斎の気持ちと申しますか、気力が伝わって参ります。

また各号には、初めに序があり、当時の知識人がどのように評価されていることも分かります。最初の序は、半洲散人という方であります。次にその序を転載してみましょう。

傳神開手序
「喜怒哀楽の面にあらわれ形にあふるゝ者は更なり、山川草木おのおの其性あり 鳥獣蟲魚ミな其神有て見て喜ふへく楽むへき者あまたなれと、 境かはり時うつれハ則ゆきぬ 若その喜ふへく楽むへきものゝ情形を多歳の後 千里の外に傳むと言うせは何を以かんせんや 画は傳神の具也 然れとも其画妙に入にあらされハ 亦其神を傳ふる事あたはす 北斎翁の画におけるハ世の知る所也 今秋翁たまたま西遊して我府下に留り 月光亭墨仙と一見相得て驩はなはたし 頃亭中に於て品物三百餘図をうつす 仙佛士女より初て鳥獣草木にいたるまてそなはらさることなく 筆はふいて神なせり 先近世の画家真をうつす者ハ必風致に乏しく 意を画く者は或ハ検格なし その図する所疎淡にして明整式あり 韻あり 物々御生動せむと欲す 喜ふへく楽むへし 嗚呼たれかよくこれに加へむ 真に画を学ふものゝ開手となすへきかな 如夫題するに漫画を以てせるハ翁のミつからいえるなり」

文化壬申陽月尾府下 半洲散人題

以上の序は、なかなか見事なものであって、漫画の普及に期待している心情が伝わって参ります。

葛飾北斎を老境になって勉強しようと、少しずつ本などを蒐め、その業績をたどらんとするわたしは91歳、北斎の深奥にどの程度迫れるか?日暮れて、道遠しであります。

2019/04/11 | 日々日

館長

◎狐の嫁入り
2019年04月10日

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むかし、テレビなどのない時代には、雲の流れや、風向きなどで気象条件を予知したりしていた。

お日様が照っているのに雨が降れば、それはキツネの嫁入りといって騒いだりしました。

先日、葛飾北斎のクローズアップの大型本を見ていますと、キツネたちが侍の装束で行列をつくり歩いていました。

子供の頃、珍しくお天気の最中に雨が降ると、誰言うとなく「キツネの行列や!」と騒いだことを想い出しました。

最近の子供たちには、空を見るという習慣などはなく、勿論観察力もなさそうです。むかしの子供たちは、そのような自然現象すら、いろいろな表現をしていました。

わたしなども、漁師の老人たちのように、沖の風の吹き様でミナミ風が吹くので明日は雨や?などと気象予報士のように、天気占いなどをしていました。

大人の漁師は、気象状況が生活につながります。港の荷揚場などに集っては、明日の気象を話し合っていました。その姿は当然子供たちも真似して、いっぱしの予想士になっていたのです。

お天気そのものが、生活の中に浸透していた時代の産物だったように思います。よき時代ではありました。

2019/04/10 | 日々日

館長

◎手紙を綴っています
2019年04月09日

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毎日わたしは、一通か、二通の手紙は綴っています。

むかし人間ですから、仕事でも役立つと思って、せっせと手紙を書いています。その歳で、よく手紙が綴れますね?と驚いては下さいますが、わたしは手紙を綴ることが、最高の仕事と思っています。

あの人はどうされているのだろうか?という気持ちがあれば手紙を綴り、封筒に切手を貼って出せばよいのです。

わたしは毎日、相手をイメージして手紙を書いています。そんなに手紙を出す相手がいるのですか?と皆さん驚かれますが、それでもまだ綴り足りないほどなのです。

出張したりしますと、いろいろな人たちと出会います。そのような時、すてきな目をした方を探します。目のすてきな方は、心も美しいというのが、わたしのながい間の経験です。そこで意気投合すれば、その方は友人となります。

帰ってから、二三日も印象が残っていれば、必ず手紙を綴ります。そしてその方からお返事が届けば、その方は仲間です。

わたしのパーティ好きは有名です。その催しには、なつかしい人そして新しい方も集って来られます。その他にもホビー館やかっぱ館を訪ねられた方からも、多くの感想を寄せて下さいます。

わたしの若い頃には、スマホなどという便利なモノはありませんでしたので、恋をしてもラブレターを出すのが、精いっぱいでした。

好感を持ち合わせた若い人たちは、一生懸命、真剣に手紙を綴って出しました。

今はスマホ時代になって、心や思いが希薄になっているように思われます。スマホで交信しても、本当の想いが伝わるのでしょうか?どのような文章にするか、どのような便箋を使うのか?を考えながら、ペンを走らせていました。

このような「おじん」と言われる歳になって、真剣になって手紙を書きます。相手は小学生からお年寄りまで、相手の気持ちを考えながら綴ります。そしてお手紙を頂きますと、沢山生きるアイデアを頂きます。

このスピード時代ではありますが、少し立ち止まって、手紙をやり取りする時間を持てばどうでしょうか?わたしのような古い人間は、また90歳を超えたものは、たまには良いことも言いますからよろしく。

2019/04/09 | 日々日

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