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海洋堂シマントミュージアムビレッジ

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館長

◎黒を白にできるのか?
2017年06月05日

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アメリカのトランプ大統領もおかしいけれど、日本の安部さんもどこか人間離れしているように思われます。なぜなら人本来の何かが抜けていて、己だけで政治をしているというように受けとられているようです。

黒と白は、よく勝ち負けの形に使われるけれど、黒は暗い闇をイメージさせるだけではなく、人間の狡猾さの象徴でもあります。

最近は、前文科省の事務次官の前川さんが、体を張って加計問題の真相を示す資料を提示しました。すべて白で葬るつもりの政治は、大慌てで「前川封じ」を展開するようになりました。

官僚が前川さんのように事務次官になるのには、並大抵の努力ではないようです。そのすべてを投げうって、加計問題の白黒を付けようと提示したのですから、政府は真摯に受けとめて、黒か白かの決着をつけなくてはならないでしょう。

週刊誌などは一斉に加計問題を取材して、誌面が賑いはじめたので、これからの展開は面白くなりそうです。

「週刊朝日」の(6・9号)の「お便りクラブ」に痛快な投書があったので、次に転載いたします。

「安部一強の横暴で『麻生の乱』には私も絶叫いたしました。安部さんNO!私は何の立場もしがらみもない一介の老人だが、安部さん大嫌いの声を秘めて毎日暮らしているようなもの。どこが嫌いかって、すべてが嫌い。国会で野党の質問をしりそげるのに、かんで吐き捨てるようなものの言い方。『何度も何度も言ってるじゃないですか』式の強弁。打って変わって、米トランプ氏の所へお祝いに走った時の、満面ニコニコ。犬ならしっぽがちぎれるように振っている。胸が悪くなった。要するに、あの人には人間としての魅力なし。私は憲法も改めるべきとは思っているが、この人の下で改めて欲しくない。別の人、次の人でと思っています」

東京都府中市の富澤さん、89歳とあります。思うこと考えることが同じような方がいるものと愉快になりました。なぜ愉快かと申しますと、富澤さんもわたしと同じ89歳で1928年生れの辰年生まれと思われるからです。

お互いに昭和を生き抜いてきたもの同士であり、気持ちの通じ合うものがあるようです。先日のブログに昭和維新のことを綴りましたのも、現状を憂うからであります。

世間では、安部一強の弊害に困惑している人たちもいるのです。オゴル平家は何とやら?そろそろ気付いて欲しいものです。

2017/06/05 | 未分類

館長

◎ハイカラ釣り竿をつくる
2016年11月15日

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ハイカラ釣りのことは、ブログでも機会あるごとに釣果などを自慢させて頂いています。100年以上の歴史のある古典的な釣りだけに、一本の短い竹竿に託す思いはつよい思いがあります。

そこでわたしも、竿を自前でつくろうと思い立ちました。本来なら山に分け入り、ハイカラ釣りにふさわしい竹を探し求めるという形から入るべきですが、この度は谷村先輩から、3本の竹をゆずって頂きました。

糸通しのガイドなども手に入らないので、古いハイカラ竿から外して使うことになりました。竿つくりするのは何十年ぶりでしょうか?思いを込めた竿を仕上げれるでしょうか?

それでも自前のハイカラ竿をつくる!ということで、少年のようなわくわく感で、全身が興奮しています。

本来なら竹の切り出しから始めるのですが、頂いた竹竿をどのように処理できるか?工夫しなければならないでしょう。

自ら納得できる釣竿にするには、竹の曲がりなどを調整する火入れなどして釣り師の思いを伝えなくてはならないのです。

しかし、この度は分けて頂いた竹竿ですので、ほんの少しアイデアを加えて、つくろう!と思っています。

竿づくりで想い出すのは、むかしすてきな性格俳優で、山村聡という釣り好きな方がいました。釣りが高じて釣り道具屋をされたり、すべての釣りを経験されて、最終はヘラブナ釣りに嵌ったそうです。

ヘラブナ釣りは、それぞれが納得する竿を求めて、大変な凝り性になるといわれます。ヘラブナ竿に魅了された山村聡さんは、遂には紀州の竿師の名人に弟子入りして、自ら納得できるヘラブナ竿づくりをしたという逸話があります。

山村さんのご本「釣りひとり」にはその帯に「俳優として結実した著者の鋭い感性が描く自らの半生と釣りとの葛藤!孤独な釣り人の清冽な熱情!」とあります。

わたしもハイカラ竿づくりで、来春からは、一体感のできる竿にしなければと、手指に言い聞かせている次第です。

2016/11/15 | 未分類

館長

茅葺き古民家の涼しさ
2016年07月20日

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茅葺き古民家の涼しさ

今夏は例年にない猛暑といわれています。

大阪など都会暮らしでは、エアコンなしでは生きていけないでしょう。

南国高知では、33度という暑さでした。昼頃には四万十もかんかん照りの最中に、私たちは茅葺き古民家で絵師の上田えい子さんを囲んで、お話をしていました。

「扇風機を回しましょうか?」と、えい子さんに問い掛けますと、「いや~このままでも涼しいですよ」と応えられました。

囲炉裏枠板に腰掛けていた私も、涼しいので扇風機は要らないと思っていたので、スイッチを入れずにえい子さんの絵を描く筆運び姿を眺めました。

これから先、人口頭脳(AI)万能の時代になるというのに、私は影野にあった廃屋のようになっていた茅葺き古民家を、かっぱ館の側に移築して頂いたのです。

屋根を葺く茅は遠く静岡から届けて頂き、高知ではただ一人になった茅葺き職人の川上さんに葺き替えて頂きました。

また移築に当っては、かっぱ館を造って頂いた成豊建築にお願いいたしました。

140年も経っている古民家を解体して、それを建て直すのは、新しく建てるより手間が掛り、分の悪い作業であります。

それをかっぱ館、2号館づくりの指揮を取って下さった川上棟梁さんが、三度、取り組んで下さることになりました。成豊建設の社長さんも儲けを度外視しての請負いです。

デジタル時代に逆行するように、かっぱ館の側、つまり四万十の山奥に移築しようと考えた私は、いつものように思い付きではあります。しかし茅葺き古民家こそは、大自然の中がふさわしいという考えもあったのです。

移築が完了いたしますと、茅葺き古民家がこれほど格調たかい建造物であったのか?と驚くと共に、きっちりと里山の情景を創っていて、郷愁すら感じるのです。

茅葺き古民家は、大自然の中に収まってこそ、憧憬を引き出すのでしょう。おっちょこちょいの私も、この度の移築だけはよくやった!と自画自賛しています。

どのように立派な大邸宅や、別荘を建てても、エアコンなどの設備がないと、人間の暮らしはなりたちません。しかし、茅葺き古民家は、夏涼しくて冬は暖かいのです。

むかしの人々の知恵と申しますか、生きるための巧みな術のすべてが、茅葺き古民家には凝縮されています。

せせらぎの音が聞こえます。カジカが鳴いています。周りの山々の緑、川面を渡ってくる風が清涼感を引き立ててくれます。庭先には、夏の太陽の光がぎらぎらしていてもです。

現代社会の暮らしの中で、夏にエアコンなしの暮らしは考えられません。しかし、古民家では扇風機すら必要なく涼しい風は川面から、後の山の緑から運んでくれます。

野積みの石垣の上に、どっしりと構えた茅葺き古民家は遥かなむかしから四万十にあったかのように、時の経つのさえ忘れさせてくれます。

テレビやエアコンなどのない明治時代に造られた茅葺き古民家には、学ぶことが沢山あります。冬になれば囲炉裏で薪を燃やせば、魚を焼いたり、お湯をわかすこともできます。そして暖をとることもできるのです。

むかしの人々の知恵に驚きながら、エアコンなしでは暮らしのできない今を考えます。これから先、人口知能の進化と共に、なにもかもがロボット化される時代の到来に怯える人たちに私は、茅葺き古民家を体感して欲しいと思います。

すべての部屋を閉め切って暮らす都会生活、戸や障子を開いて、自然の風を招き寄せる古民家を比較すれば、人間のありようが分かる気さえするのです。

現代社会に生きる私たちは、すべてを人口頭脳に変えようとしています。私はなぜか?この茅葺き古民家の中に、人間の英知を見るように思うのです。

四万十を訪ねるようになって8年、私は大自然を探求しようと考えるようになりました。それは進化の著しい人口頭脳に依存しようとする形とは逆行していますが、そこに
人間本来の形が見えるように考えるのです。

おっちょこちょいの私は、いつも後から考えて泣き笑いします。しかし茅葺き古民家の移築は大成功と胸を張っています。

2016/07/20 | 未分類

館長

カツオのタタキ
2016年06月01日

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カツオのタタキ

今の若者たちは、魚の生モノなどを食べる機会は少ないように思われます。

時々、高知からカツオのタタキを届けて頂き、スタッフ全員で会食するのですが、「おいしい!」を連発しながらあっという間に平らげてくれます。

そこで、5月にも、カツオのタタキを食べることにしました。カツオのタタキは、高知一といわれている土佐久礼の田中鮮魚店さんに、日時を指定して頼みます。

すると前日獲れの新鮮なカツオを藁焼きタタキにして、届けて下さるので、冷凍モノではなく、新鮮そのもののタタキであります。

スタッフたちも、カツオのタタキだけには舌がこえている田中さんのタタキでは、納得してくれなくなりました。

土佐人の私としましては、スタッフたちが喜んで食べてくれるのは嬉しく「タタキをやろうか?」ということになってしまいます。

高知には、美味しい食材は沢山ありますが、カツオのタタキだけは突出したモノであり高知人のホコリともなっています。

そのタタキを「美味しいおいしい!」と食べているスタッフたちを見ているだけで、私も幸せな気分になるのです。

釣り好きな私は、むかしであれば南紀の海で釣って来た何十匹といういろいろな魚を、刺身や、バーベキューなどにして食べさせていました。

今では40節余りの届けられたカツオの節を、刺身包丁で切り捌くのもしんどくなっています。しかし、スタッフの喜ぶ顔を見るために包丁を握ります。

折角藁焼きタタキを届けて下さったのですから、一節一節心を込めて包丁を入れます。88歳になった館長の出番であり、見せ場でもあります。

カツオの一本釣り漁師をしていた70年まえ、私は漁師として、カツオ釣りに没頭していました。辛く厳しい仕事でした。カツオの節に包丁を入れる時、黒潮の狩人であった昔を思い起こしたりします。今は大阪でも、タタキが食べれるのです。

2016/06/01 | 未分類

館長

デジタル時代
2016年03月18日

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デジタル時代

日本だけはなく、世界中がおかしくなりつつあります。それはなぜでしょう?

新聞や、テレビでは、毎日のように、親を刺したりとか、大人が子供を虐待したりというように報道されています。

そのうえ役所や会社のお偉い方が、雁首揃えて「この度は、まことに申し訳ありません」などと謝ったりするシーンが多すぎるようです。

最近では、教育関係者や、警察関係者まで加わり、謝ればそれでよい?という風潮になりつつあります。

先日は、コンピューターが、世界一の囲碁名人を5対1で破ったと話題になっていました。

街を歩いても、電車の乗っても、皆スマホを操作していて、周りの人間などに気くばりはないようです。そのようにデジタルの進化は驚異的で、人類の予測を遥かに超えているように思われます。

スマホを扱う子供たちの能力を、スマホが越えているのです。

これから先どうなるのでしょう。そのうちスマホを制御するスマホが現れるかも・・・

そのうちロボットが人間に変わって出現すれば、ロボットを操作するロボットができたりということになれば、人間は働かなくてよい時代の到来です?

スマホを待たない私でも、スマホが子供たちの脳力より凌駕しているように思います。しかし、ここで危惧するのは、スマホを扱う子供たちには、気くばり、心くばりが欠落しているという事実です。

人間の心が通わなくなればどうなるか?親子関係は勿論のこと、友人関係なども稀薄になり、スマホ依存がますます多くなってゆくでしょう。

夢や希望もなくした子供たちが大人になる世間を想像すると、余りにも殺伐としているように思われます。

人間の価値観が根底から崩れようとしているのに、気付いても気付かないフリをしているのは怖ろしい時代といえるのではないでしょうか?スマホを扱わない年寄りが奮起する時が来たようです。

2016/03/18 | 未分類

館長

再び阿修羅像
2016年02月16日

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再び阿修羅像

再び「阿修羅像」を制作したのは、造形作家の木下隆志です。

全長40センチほどの阿修羅像を視た時、思わず引き寄せられるような感動と、そして暫くして海洋堂館長であることに誇りを持ちました。

阿修羅像には、木下君の心と手の技が合致して完成した作品です。

「興福寺創建1300年記念国宝阿修羅像展の公式アイテム」で、木下君は、小さな阿修羅像づくりを担当しました。その阿修羅像では、ベストセラーを記録して世間をあっと驚かせました。

これまで数限りなくフィギュアを制作して参った海洋堂の造形師たちは、ぞれぞれが究めつつある技で、日本の新しい文化の一角を担ってきたのです。

新しい分野だけに、師なり目標になる形はなく、自己流、つまり独りで探求したきた手技であります。

最近のデジタル化で、心と愛などの欠落が報じられています。造型師たちが、それぞれの特異性を発揮できるのは、モノに対する思い入れであり、究道心といえるでしょう。

先般ワンフェス会場に展示してあった「阿修羅像」に両手を合わせている外人夫婦がいたそうです。外人さんたちを合掌させたのは、フィギュアの内包している力ではないでしょうか?

「阿修羅像」を視ていますと、これまで辿ってきた道を振り返り、これでよかったのだ!と心が慓えていました。

フィギュア作品が、広く世間から認められて、評価されるようになったのだ!という手応えを感じました。

それぞれの原型師たちが、それぞれの得意分野で、新しい文化を創ってくれたものよ。という歓びを味わいました。

皆さんも海洋堂にお越しの際に、「阿修羅像」を視てやって下さい。きっと何かを感じて頂けます。

2016/02/16 | 未分類

館長

手指を使う
2015年09月10日

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手指を使う

人間が手指を使うのは、原始時代からの習慣です。

パソコンを操作するにも、手指がなければ果たせないように、毎日手指のお世話になっているのに、その効用は案外知られていないように思います。

封書が届きました。急いで封を切り、便箋を見て、がっかりします。ほとんどはパソコンで打った文字になってしまいました。読む気力がなくなってしまいます。

公用文のような、パソコン頼みの文章が多くなっているのです。皆さん、それだけ忙しくなっているのでしょうか?

便箋に、万年筆などで綴られた文章からは、その方の手紙を書く姿勢までがイメージできて、なんとなくほのぼのとした気分になれます。

毎日ブログを綴っている私は、ブログを書くことを、年寄りの修業のように捉えています。便箋に向いますと、万年筆を握って、一気に書き進めるのです。

最近は歳のせいか?親指、人差し指、中指がうまく連動しない時があります。それは年齢からくる指の障害ともいえるものです。

痛んだり、硬直したりすれば、暫くは万年筆を置き、指を撫でてやったりすれば機嫌を直してくれます。

手紙などは、特に出す相手をイメージして、どの万年筆を使うか、どの色のインクにするか?というように神経を使います。それが、下手な文字や文章を補ってくれます。

手紙の場合は、綴り終えて、封筒に宛名を書く時のわくわく感は最高の気分です、

海洋堂の原型師たちが、手指を駆使してモノづくりするという形は、これからデジタル万能の時代になりましても、貴重な手指の技として生き残れるでしょう。

それは技を究めるうえからも必要です、毎日万年筆を握っている私には、よく理解できるのです。

皆さんも、たまには便箋に綴ったお手紙を出してみたらいかがでしょうか?

2015/09/10 | 未分類

館長

海洋堂の50年を振り返って
2015年09月07日

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「海洋堂の50年を振り返って」

昨年創りました「海洋堂の50年を振り返って」を長い間切らしていました。
それをこの度復刻いたしました。
「“光陰は矢の如し”」という諺(ことわざ)があります。人生はまさにその通りで、それを実感する歳になりました。
これまでを振り返りますと、「よくぞこれまで、生きてこれたものよ」という感慨もあります。
おっちょこちょいで、猪突猛進するだけのオトコが、ホビーの商いを50年もつづけてこれたものよ!という驚きよりも、「よくぞ、世間の荒波を泳ぎ切れたものよ?」という綱渡り的満足感もあるようです。

「ホビーの仕事は、いろいろな職業遍歴の果にたどりついた商いであります。
それまで30数回の職業を変えたと申せば、それなりに格好よく聞こえますが、当の本人にしてみれば、日本には、オレを受け入れる場はないのか?というほどの苦悶の青春時代でもありました。
ホビーというのは、すべてのあそびを網羅したような仕事であります。あそびは真剣に、そして夢中になるほど一生懸命に取り組むものです。
その一生懸命になれる、夢中になれるという条件がこれまで持続できた要因のように思っています。」

そのように「はじめに」綴っています。
50年を振り返りますと、あいつは三日坊主や、どんな仕事しても長つづきせん奴や!などと嘲られていた私が、やっとたどりついたのがホビーの商いだったのです。

人生は、諦めてはいけません。どのような逆境にありましても、納得できる仕事が見つかるまで、がんばり通せば、必ずよい結果が得られる!というのが若い人たちへの励ましです。
全国的な知名度はありますが、海洋堂はちっちゃな零細企業なのです。

創りの仕事の多くは、コンピューターなどの中に埋没して、衰退しています。
海洋堂が胸はれるのは、フィギュアという新しい文化を確立したことに尽きるでしょう。そして原型師という職人集団をつくり上げたのです。
「創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある」というキャッチフレーズが示すように、これから先も創るモノは無限にあるでしょう。

裏表紙うらに載せました「いまやらねばいつできるわしがやらねばだれがやる」平櫛田中先生の百歳の時の揮毫です。
87歳の私が、100歳まで生きますと、もう一度勉強して、夢を脹らませることも可能になります。
「海洋堂の50年を振り返って」の表紙に載せました、世界で最初の動くティラノサウルスを造って下さったのはクリス・ウェイラスです。
まだまだドン・キホーテのように走りつづけます。

2015/09/07 | 未分類

館長

残暑お見舞い申し上げます
2015年09月04日

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残暑お見舞い申し上げます

残暑見舞いなどの葉書を交換しなくなって、どのくらいの時間が経ったのでしょうか?

ながい間、残暑見舞いなどの葉書すら書いていないような気がいたします。

「残暑お見舞い申し上げます」という涼しそうな葉書が届き、その美しい葉書を手にしますと、忘れものが戻ったような不思議な気持ちになります。

むかしは、友人知人、そして遠くにいる家族などに、季節便りを書いていました。

そのような風習が、いつ頃からなくなったのでしょうか?

世知辛い世の中になりましたね?などとぼやくのは簡単ですが、人間関係がますます疎遠になってしまいます。

人としての情や、絆が希薄になったとはいえ、それが切れずにつながっていて欲しいものです。

残暑見舞いが届けば、少しの時間でありましても、その方をイメージして切れそうになった細い糸でも修復できるでしょう。

生かされているかぎりは、相手を思いやる心の余裕というか?人間としてのやさしさのようなものを、持ちつづけたいと思います。

「こちらでは、厳しい残暑の中。ひときわ色鮮やかに百日草が咲いています。その花の上を蝶が舞っています。

青空を背景に、たくさんに秋のトンボがさわやかに、スイスイと飛んでいます。」

似淀川のほとりで暮らすKさんのやさしい文章に接しますと、ブルーで有名な似淀川の風景が思い出され、そしてやさしい気分になり、心が癒やされます。

百日草、聞き馴れた花ではありますが、そのような花であるのか?思い出せません。辞書を引きます。

2015/09/04 | 未分類

館長

釣りを冒涜するな!!
2015年09月03日

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釣りを冒涜するな!!

「釣りを冒涜するな!!」は私自身への憤りの言葉です。

これまで釣りを最高の道楽として、真剣に取り組んで参りましただけに、この度の釣行には、腹立たしく思っているのです。

先日の浦戸湾でのハイカラ釣りは、これまでにない惨敗でした。それは、高知へ参り室戸や、四万十などを往復したりして6日ほど暮らしました。

その後台風15号が日本海へ抜けると共に、ANAのプロペラ桟で大阪に戻りました。それでかなり疲労していましたが、29日にハイカラ釣りの約束がありましたので、高知行きの車に便乗して、再び高知へ向かいました。

釣りとなりますと、疲労困憊していても、意には介さない身勝手さがあります。この度のハイカラ釣りは、無茶ともいえる状態でのぞみました。

87歳の体ですから、大阪から高知へ往復するだけでも、それなりの負担が掛っています。しかし、ご本人は好きな釣りです。子供のようにはしゃいでいます。

な~に、大丈夫や、釣り場にゆけばシャンとする!!と言い聞かせながら釣舟に乗りました。

釣竿を上げ下ろしても、釣竿に手がなじまないのです。海の底にサカナが泳いでいるという感覚がないのです。いつもは感覚が研ぎすまされていて、底にいるサカナの気配すら察知できます。

むかしから、私の釣りは、感覚の釣りだ!という自負がありました。勿論これまでの経験に裏打ちされた感覚であります。それだけに集中力を切らさずチャレンジして参りました。

それがどうでしょう折角鉤に掛った大物を外したり、道糸を切られてしまう?という大失態ばかりするのです。逃げたサカナは大物です。しかし、それを巧みに操って釣り上げるのが釣りの醍醐味なのです。

おれの釣りは、感覚の釣りじゃ~と豪語していた自分が恥ずかしく、それはまた疲れとなって、打ちのめされました。

2015/09/03 | 未分類

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