館長室

海洋堂シマントミュージアムビレッジ

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館長

◎池波正太郎記念文庫
2018年02月23日

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昨年5月、BSテレビで「鬼平犯科帳」を観てから、池波正太郎ファンになりました。

「今頃、鬼平なんて古いわ!」と笑われますが、テレビを観るのが待ち遠しくなり、「鬼平犯科帳」の文庫本を24冊求め、それを一挙に読み終えました。

それから「剣客商売」15冊、「仕掛人・藤枝梅安」などを10月から12月までに読み終え、今年に入ってからは「真田太平記」12冊を夢中に読み切りました。

これまで時代小説は、山本周五郎さんの作品を少しと司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」ぐらいしか読んでいなかっただけに、これほど夢中になったのは初めての経験でした。

年齢的なこともあるでしょうが、そのアイデア溢れる文章には魅了されてしまいました。そこで上京したらぜひ「池波正太郎記念文庫」を訪ねようと楽しみにしていたのです。

東大阪にある「司馬遼太郎記念館」にも訪ねていないのに、池波さんの記念文庫を訪ねたのは不思議に思います。

この4ヶ月で70冊以上は読ませて頂きました。「池波正太郎記念文庫」に入って、そのお仕事ぶりに納得いたしました。長野(信州)にも、記念館があるので、そこは小布施の北斎館と共に見学させて頂こう!と考えています。

2018/02/23 | 日々日

館長

◎旅から旅への・・・
2018年02月22日

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むかし、わたしが若い頃であるから60年前ほどであろうか?「旅から旅へのタビガラス?」という流行語がありました。

股旅物というやくざ映画がはやった頃でした。寅さん映画などもその中に入るでしょう。

2月の初めには高知の四万十へゆき、15日に大阪に戻って参りました。一日おいて17日には新幹線で上京し、千葉の幕張メッセを全館借り切っての「ワンダーフェスティバル」会場へ・・・。

最近上京するのは、冬と夏のワンフェスに参加するだけではありますが、20年余り海洋堂で主催しているホビーの祭典だけに、その状況を見届けたいという思いになるのでしょう。

夫婦共に歳を取りましたので、もう今回で最後や?などと言い合いながらの参加であります。

「旅から旅へのタビガラス」というのは、この歳になると、ふさわしくないのですが、むかし寅さんよろしく各地を放浪した時代を想い出したのかもしれません。

いろいろな人に出会える旅は、好奇心の源でした。わたしは旅によって、多くの人々と知り会いました。それ故に四万十から大阪に戻り、東京へ行くのを大袈裟に旅から旅への・・・などと申し上げたかったのでしょう。歳を取ると、困ったものですね?

2018/02/22 | 日々日

館長

◎タイ焼きがどんと40個
2018年02月21日

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タイ焼きがど~んと40個広島の荒木さんから届きました。

先頃今井美術館の今井館長さんと共に来館された荒木さんは、むかしから海洋堂のファンだったそうで、タイ焼き40個!とはど迫力があります。

むかしタイ焼き君!という歌が流行ったことがありました。それにしても、スタッフへという心くばりは嬉しいものです。

同封されているお手紙がすてきなので、少しだけ抜粋いたします。

「若き頃、海洋堂のガレージキットを幾つもいくつも作りながら、特撮の夢を見ていた自分が、曲がりまがって今は写真家に・・・。

けれど海洋堂から頂いた夢や想いは、今でも心のどこかで「熱さ」を持ち続けています。海洋堂という言葉は自分の中で特別な響きを持つ「温度」や「深さ」が、館長にお会いして、人間的な深さや、幅、そして広がりにあるのだと実感しました・・・」

まだまだ続いていますが後略させて頂きますが、広島にもむかしからの海洋堂ファンがいるというありがたさを、タイ焼きを食べながら、オレは館長として何をしてきたというのであろうか?と反省しきりです。形式的なお菓子など届けて下さる方はいますが、タイ焼きを40個届けて下さる熱い気持ちに、どうしてお応えしようか!と考えています。

2018/02/21 | 日々日

館長

◎龍馬空港の待合所で
2018年02月20日

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全日空の伊丹ゆきに乗るためには、まだ2時間も待たねばなりません。四万十から送ってきたスタッフが、仕事の都合なので辛抱するしかないのです。

6日まえに龍馬空港に着いて、今日大阪に戻るということは、90歳代の年寄りにとっては、ちょっとばかりきついかも?

最近は寒いので、厚着しているせいもあり、どうしても動きが鈍くなります。そこでどこにでも座りたくなり、空港の待合所の長椅子に、足投げ出して座ります。

重い外套を脱ぎ、少しくつろぐと、頭の回転もよくなります。伊丹空港から、龍馬空港へ、どれほど往復したのであろうか?と、考えてみます。すると13年間ほど四万十へ通っているので、月に一回としても年に12回、多い時には、月に二・三回往復するので、150回以上は往復したことになるのです。

ANAのプロペラ機に乗って、よくも事故に合わなかったものよ?と考えながら、高知で13年も経ったのだ?と混沌とした脳細胞の中がゆっくり回っています。

時間がきて、疲れ切った体を押し出すように歩み出します。歳はとりたくないもんや?と呟きながら検査場に向います。二時間後には、自宅でくつろげるのです。

2018/02/20 | 日々日

館長

◎土佐のハチキンさん
2018年02月19日

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高知の女性は、ハチキンさんと呼ばれている方もたまに存在します。

10年まえには、わたしが高知に来ると、わたしを取りまくような女性つまりすてきなハチキンさんが6人ほどいました。そのハチキンさんたちは、80歳から90歳と幅が広く、お姉さん的存在でした。

皆さん高知ではそれなりに有名で、わたしにとりましては有力なおっかけさんでありました。

しかし10年も経つと、亡くなられる方もいて、現在では自然消滅しています。その女性たちをわたしは、スーパーハチキンさんという尊称を奉っていました。

そのスーパーハチキンさんたちがいなくなって、寂しくはなっていましたが、この度イオンで展開する「これが海洋堂展だ」の企画演出を担当して下さる大原さんと菅野さんのお二人は、現役ばりばりのハチキンさんであります。

これまで全国的に展開して参りました「海洋堂展」は、海洋堂のスタッフたちの企画・演出で、少しばかりマンネリ化しているようにも見受けられます。

今回の「これが海洋堂展だ!」には、お二人のハチキンさんたちが、企画を担当して下さるので、これまでと異なる切り口になると期待しています。

その大原さんが、高知から四万十のかっぱの砦に来て下さるというので、わたしはひさしぶりのハチキンさんと話し合いができるというので古民家の囲炉裏に火を燃やしお待ちしていました。

高知のイオンでの初めて開催する「海洋堂展」であります。四日まえは焼肉を食べながらの会話でしたから、さわりの部分だけお話していましただけに、差しで対話するのはわたしなりに楽しみにしていました。

午後2時から6時頃まで、海洋堂のあれこれを話し合いました。菅野さんは、松山出張とかで来れなかったのですが、大原さんとは、すっかり意気投合して、時間の経つのさえ分らないほどでした。

先日お二人と会話した際にも感じたのですが、お二人のハチキンに、外部からの切り口で企画・演出して頂ければ、きっとすばらしい海洋堂展になる!ということが、大原さんの熱い言葉やノートへの書き込みでもよく分りました。

4時間はあっという間に過ぎ、6時になってしまいました。まだまだお話することは沢山ありますが、次にはお二人のハチキンさん相手に、深く切り込みたいと楽しみです。

2018/02/19 | 日々日

館長

◎バレンタイン・チョコ
2018年02月16日

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バレンタインの時期になると、少しではありますが、わたしにもチョコが届きます。年々少なくなり、奇妙な寂しさを覚えます。

10年ほどまえには、現役でもありましたので、何十個ものチョコが食べ切れぬほどの数でした。

考えてみれば、90歳という年寄りが、バレンタイン・チョコを云々するのはおかしなハナシと申せましょう。

活力と申しますか?精気に溢れたオトコでないと、バレンタイン・チョコが集る筈はありません。チョコの多寡を云々するのは、何とも情無い年寄りに映ることでしょう。

毎日コーヒーを喫む時にチョコを食べますが、年寄りがバレンタイン・チョコなど欲しがるなど、もっての他です!!と叱られそうであります。

それでも今年は5個も届いたのですから、それは心の込もったチョコですから、感謝して味うべきでしょう。

今年は5個届きました?90歳の年寄りをオトコ?として認めて下さっているのですから、オトコらしく、残りの人生をしっかり生きねば・・・と思っています。

5個のチョコからは、これまでの想念が蘇ってきて、かって付き合ってきた彩々な女性が浮んでは消えてゆきます。90歳代というのは、死と隣り合わせの毎日ですから、来年を想定することはできません。

バレンタイン・チョコの報告まで。

2018/02/16 | 日々日

館長

◎あれもこれも
2018年02月15日

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かっぱの砦に来れば、四万十の自然の中で、あれも、これもやろう!と気構えしてはいるのですが、馴れるまでは呆けています。

高知で講演したり、会食したりして四万十まで運んで頂きますと、まるで待ちかねていたかのように、いろいろな人たちを相手にいたします。

わたしの役立つ仕事と申せば、古民家の囲炉裏の前に座って、薪をくべ火の番する程度です。

萱葺き古民家であったり、囲炉裏であったり、年寄りのわたしであったりという取り合わせが、それなりの雰囲気があるのでしょう。

古民家には、それなりの観て頂く値打ちもありますが、わたしのおしゃべり・・・それでも一生懸命、相手の年頃に合うようなおしゃべりをします。時々、落語の勉強でもしておけばよかったなどと考えたりします。

萱葺き古民家は、文化財的な価値がありますので、多くの人々にしっかり観賞して頂きたい!と気持ちもあっておしゃべりできるのかも知れません。

今年からは、かっぱの砦に、子供のあそび場や、合宿所や、釣り池などを設けよう!と話し合っています。楽しい夢を実現して、多くの観光客にお越し頂きたいものです。

2018/02/15 | 日々日

館長

◎囲炉裏の前に座る
2018年02月14日

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かっぱの砦に来ると、まずは茅葺き古民家にある囲炉裏の前に座り、薪をくべるのがわたしの役割というか?仕事になっています。

昨夜のうちに雪が降ったのでしょう、庭一面に雪化粧には驚きました。雪が積もっているという南国土佐では喜んでおれますが、北陸やら東北などは毎日大雪に見舞われているのです。

茅葺き古民家に、小雪がちらつくのは何とも言えない風情があります。囲炉裏の前に座り、硝子戸越しに雪の舞い落ちる様を眺めるのは、最高のぜいたくと申せましょう。

今日は高橋さんが、昨年に仁淀川で獲った鮎の冷凍したモノを10匹ほどを、竹串に刺して、火を囲むようにして灰の中に突き入れます。

遠火で焼くのですから、それなりの時間が掛かります。せっかちな現代人には、待つのも大変です。なぜなら、気が遠くなるような時間が必要なのですから・・・。

むかしの人たちは、川で獲った鮎やアマゴなどを、串焼きにして、冬の保存食として、料理などに使っていました。何もない冬のご馳走であったのでしょう。

鮎の串刺しを眺めながら、高橋さんとむかし人の暮らしなどを話し合います。囲炉裏と鮎の串刺し、薪をくべる年寄りと、初老のオトコ、その情景は写真でも残したいほどです。

そのようにして、四万十時間は、ゆったりと流れてゆきます。オトコたちの至福の刻でもあります。

2018/02/14 | 日々日

館長

◎改鉄成さんと再会
2018年02月13日

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茅葺き古民家に滞在していると、いろいろな方が来られて退屈はしないようです。

11日の日曜日には、珍しい方が栃木という遠い処から訪ねて下さいました。造形作家の改鉄成さんです。

2年ぶりでしょうか?わたしの米寿(88歳)のパーティのお祝いということで、鉄とステンレスと銅を混合した立派な河童作品を、自らトラックに積んで運んで来て下さいました。

その河童作品は、かっぱ神社のご神体として、小さな社の中に鎮座されています。

2014年には「四万十川カッパ造形大賞」に応募して下さり驚かされました。その作品も「四万十川に捧げる愛」という大作でその時も改さんが、トラックで栃木から運んで来られました。「強さ、木々の内面的な美しさに魅せられ活動しています。思い描いた造りたい作品を造りたいときに無心、無欲、夢中で造る。『無』から『有』になる様が楽しく活動しています。」と栃木県彫刻造形協会の作品写真と共に出ています。

この度はわたしの卒寿(90歳)のパーティに間に合わすように、制作されているのが、わたしの辰年に合わせて龍を2体創って下さっているそうで、お話を受け賜ってからわくわくしています。

改さんまでが、卒寿のパーティを楽しみにして下さっているというのは年寄り名利に尽きます。ながく生きていても、多くの仲間に集って頂けるのですから、残りの人生を一日一日しっかり生きていこう!!と心に言い聞かせている次第です。

2018/02/13 | 日々日

館長

◎書斎を発掘したい
2018年02月09日

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書斎と申しましても、本棚に少しばかりの本と、三つ並べてある机の上には、書類や、本や雑誌類が積み上げられています。

書類などと申せば、それなりに聞こえましょうが、わたし以外の人であれば単なるガラクタ?つまりゴミと山にしか映らないように思います。

次々に持ち込んだモノが、整理できないと、そのようにゴミの山となってしまうのです。机の周囲が書類や本などで身動きとれなくなり、反対側の窓際に、大机二つ持ち込んで、新しい書斎にしています。

それでも必要な資料が欲しい時などは、そのゴミの山から何とか探し出したりもします。そのように貴重なモノが埋もれている筈なので、それらを整理整頓?しようと考えています。

これまで必要な?モノばかり残してきた筈ですから、きっと役立つモノもある筈です。片付けのできないオトコは、今も二つある机の一つは、すでにかなりのモノが積み上っていて、もうすぐ手に負えなくなりそうな気配です。

書斎の発掘など聞いたこともありません。それだけに、ゴミの山を片付けなければ?とすでに2年ごしに考えてはいるのですが、どうなるのでしょう。

2018/02/09 | 日々日

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